コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 8

首相、長男の秘書官を更迭

2023年05月31日 09時00分

 ごく当たり前の慣習と受け入れてはいるものの、機会の平等が広まった今ではどこか前時代的な雰囲気も漂う。子へ、孫へと地位や家業を継承させていく世襲とはそういうものでないか

 ▼『平成川柳傑作選』(仲畑貴志・選、毎日新聞出版)にもこんな一句があった。「世襲制よっぽどいいことあるんだな」(長崎 ゴータロー)。持たざる者のひがみと言ってしまえばそれまでだが、多くの人に共通する思いだろう。「よっぽどいいこと」に、首相公邸で開く忘年会も含まれるのかどうかは分からない。一般の国民には思いも寄らないことである。ただどうやら、岸田首相の政務担当秘書官を務める首相の長男翔太郎氏には、「宴会場首相公邸」がいい発想に思えたようだ

 ▼昨年末、親族10人ほどで私的な忘年会に興じていたという。さらには組閣時に記念撮影も行われる階段の赤じゅうたんで写真を撮ったり、寝転んだり。昨今世間を騒がす「迷惑系ユーチューバー」をほうふつさせるはしゃぎぶりだったそう。首相もさすがにかばいきれなくなったに違いない。翔太郎氏の行為を公的な立場にある者として不適切と認め、更迭を発表。あす付で交代させる。親としては断腸の思いかもしれないが、首相としては遅きに失した感が否めない

 ▼翔太郎氏はこれまでも何度か自覚や責任の欠如を指摘されてきた。先の川柳傑作選にはこんな句もあった。「相続率孝行率と比例せず」(宮城 はむすたあ)。親が苦労して築いた信用を、世間知らずの子がぶち壊すのも世襲ではよくある話。いいことばかりではない。


社会からの孤立

2023年05月30日 09時00分

 一人の青年が、「僕一人が世間に住みつく根を失って、浮草のように流れている」との思いにとらわれている。小説家梶井基次郎は短編『ある崖上の感情』で、そんな孤独な青年に自分の頭の中で起こる奇妙な出来事を語らせていた

 ▼青年は崖の上に立つ自分をよく想像する。そんなときは決まって、崖道を誰か人が歩いてくる足音が聞こえるのだという。その足音はそうっと青年の背後に忍び寄り、ぴたりと止まる。構わなければいいのだが、青年は背後に来た人が自分の秘密を知っている気がして落ち着かず、崖から突き落としたい衝動にかられる。もちろん最初から最後まで妄想だ。なのにそれが本当の出来事だとの思いも捨てられない

 ▼長野県中野市で25日発生した住民女性と警察官合わせて4人が殺害された事件の容疑者も、似たような不満を親に漏らしていたと聞く。報道によると容疑者は女性2人が家の前を散歩しながら〈自分のことを「独りぼっち」だとばかにしている〉と思い込んでいたそうだ。容疑者は近所に住む31歳の男。大学を中退して故郷の実家に戻り、ほとんど周囲と交流することなく暮らしていたのだとか。女性2人とは直接の面識がなかったというから、何らかのきっかけで想像が悪い方へ暴走したのかもしれない。事件の一報を受けて駆け付けた警察官2人を、猟銃でためらうことなく殺害するなど残虐性が際立つ

 ▼今回もそうだが安倍元首相銃撃暗殺といい、岸田首相爆弾襲撃といい、最近は男性の単独凶悪犯罪を目にする機会が多い。共通するのは世間からの孤立だろう。


北海道百年記念塔

2023年05月29日 09時00分

 先週金曜日の読売新聞を読んでいて、地域版のある記事が目に留まった。地域おこし協力隊員の山田陽子さんが、白糠町のシンボル「太陽の手」を紹介する内容である

 ▼それは町中心部を望む坂の丘公苑墓地にある高さ約13mのモニュメントで、役場設置80年を記念し、1966年に建立された開拓功労者顕彰碑。具象彫刻家の本郷新さんが制作したそうだ。山田さんにとって、「太陽の手」は話し相手なのだという。自分はどう歩むべきか、「白糠を開拓してきた先人たちに語りかけて」いるのだとか。感銘を受けた。これほど意義のあるモニュメントとの接し方も他にあるまい。今まさに身近なモニュメントの残念な末路を目にしているだけに、その思いはひとしおである

 ▼野幌森林公園にそびえ立っていた北海道百年記念塔の解体がきょうも進む。老朽化はその通りなのだろう。ただ、本質は維持補修費の不足。赤字再建団体への転落を防ぐため、高橋はるみ前知事が断行した財政立て直しのあおりを受けた。風雪を乗り越えてきた人々の開拓の歴史を語る記念塔が、金食い虫扱いで撤去されるのだから寂しい。たかが物体というなかれ。高さ100mの塔には先端まで、後に続く者たちの開拓者への敬意が込められていたのである

 ▼文化庁の「建築文化に関する検討会議」が25日、近現代の名建築や景観の維持管理、活用を推進するため、必要な制度や予算を検討すべきとの提言をまとめた。記念塔もその価値は十分だったかもしれないが、間に合わない。先人たちに語りかける場がまた一つ消えていく。


韓国の福島原発視察団

2023年05月26日 09時00分

 東洋大学の前身「哲学館」を創立した井上円了は、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の心理を針小棒大のキーワードで解説していた

 ▼1904年に発表した『迷信解』にこう記している。「諸方に天狗談が伝わるときは、物ずきな人ありてこれにいろいろのおまけを付け、針小棒大にいいふらし、また小説家や画工はこれを材料として一層人の注意を引く」。かくして話だけがどんどん大きくなっていくというのである。「天狗」とは妖怪や化け物、幽霊の総称。人々の中に怖がる心があるため、それを刺激されると枯れ尾花が「実に不可思議な大妖怪」になるそうだ。昔は迷信深かったからと笑ってもいられない。小さな気がかりを針小棒大に言いふらし、大騒ぎする人は今も変わらずいる

 ▼東京電力福島第1原子力発電所の処理水海洋放出についてもそうだ。IAEA(国際原子力機関)はじめ世界の権威ある学術機関、研究者から安全の裏付けを得ているのに、いまだ災厄をもたらす蛮行と喧伝する動きがある。もちろん国内にもあったが、これまで最も激しく海洋放出を非難してきたのはお隣の韓国だった。その専門家らで構成する視察団が23、24の両日、訪日して第1原発を実地で確認したそうだ。岸田首相と尹錫悦大統領が先に合意した、関係改善に向けた一環である

 ▼屋上屋を重ねる検証で、これ自体にそれほどの科学的な意味はない。政治的な話である。ただ、現地を見た以上、評価結果は世界中の科学者の注目するところとなろう。さて、視察団は心に巣くう大妖怪を退治することができたのか。


火星人が攻めてきた?

2023年05月25日 09時00分

 特定の情報が社会に及ぼす影響を考察する際に話題となる事件の一つに、1938年に米国で放送されたラジオ番組「宇宙戦争」がある。ご存じの人も多いだろう。映画監督で俳優のオーソン・ウェルズが火星人の襲来を告げ、全米がパニックに陥った一件である

 ▼SF作家H・G・ウェルズの小説を朗読しただけなのだが、名優が臨場感豊かに語るものだから、リスナーは現実に起きていることと勘違いしたらしい。実際は一部の人が騒いだのみで、新聞が面白おかしく「全米パニック」と書き立てたのが真相という。ただ情報と集団心理の関係を考える例題としては今も有効である。メディアが発達し、SNSで情報が即時拡散される現代なら、しゃれにならない事態になっていたはず

 ▼近年、偽情報による実害が増えている。やはり米国だが、22日に国防総省「ペンタゴン」付近で爆発が起きたとの偽画像がネットで広まり、ニューヨーク株式市場のダウ工業株平均株価が一気に下落する騒ぎとなったそうだ。AI(人工知能)で生成した画像とみられ、ツイッターに上げられた情報を一般メディアも報道。不安に拍車を掛けた。デマだったものの、事実の検証より拡散の方が早く、パニックの発生を止められなかったという

 ▼日本でもコロナ禍にトイレットペーパーが不足するとの偽情報が出回り、買い占めが起きかけた。ネットを悪用し、社会を混乱させて楽しむふらちな連中が次々と現れる。拡散は事実を確認してからでも遅くない。目を引くその情報は火星人襲来と同じ程度の話かもしれないのだ。


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