高性能コンピューターやシステム工学がまだ十分に発達していない1952年の科学で、宇宙に向かわねばならない。巨大隕石の落下で地球滅亡が確実だからである。SF小説『宇宙へ』(ハヤカワ文庫)は、そんな人類の挑戦を描く
▼第1段階として月に前線基地を置こうとするが、到達するのがまず難しい。大勢の計算者が手作業で軌道計算をし、宇宙船に送信。飛行士がそれに基づいて着陸を実行するのである。ただ、計画通りに事が進むとは限らない。無線が届かない場合もあるのだ。計算責任者は周到な準備をこう肝に銘じる。「宇宙飛行士が管制センターから独立した状態でランデブーを行えるよう、お膳立てをととのえておかねばならない」
▼科学が格段に進歩した今なら、そんな古い手法はとらないと思っている人がいるかもしれない。ところがそうでもないのである。民間で世界初の月面着陸を目指した「アイスペース」(東京)のおとといの失敗も、同じような問題に起因するものだったのだ。地球側で直接操作可能なのは月着陸船を周回軌道に投入するまで。後は船がプログラムに沿って自力で着陸プロセスを完了せねばならない。約2秒の通信遅延と電力不足が壁となり、地球側は見守ることしかできないのである
▼今回は最終降下地点に到達した辺りで燃料が切れ、月面に落下した。高度を誤ったらしい。宇宙規模で考えると、成功と失敗の差は紙一重というところ。高度さえ合えば、燃料を使い切った時点でぴたりと着陸していたはず。お膳立てを整え直した次の挑戦が早く見たい。