コラム「透視図」

きょうから全国安全週間

2020年07月01日 09時00分

 新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)されているうちに一年の半分が過ぎ、息つく間もなく本道は工事最盛期に突入した。経済が再び動き出し、地域をまたぐ移動制限も解除されたことで仕事には一気に加速がつこう

 ▼ただ、ことしの現場は労働災害に加え、ウイルス感染の心配までしなければならない。いつも以上に神経をすり減らす毎日だろう。ここで今一度気を引き締めたい。きょうから全国安全週間である。労働災害防止の誓いを胸に刻むきっかけには本紙〈建設安全標語コンクール〉の作品も役立ててほしい。今回(第39回)の最優秀作は「やったつもり 見たつもり つもり積もって事故になる!」だった。入選を外れた作品の中にも聞くべき言葉は多くある。幾つか紹介したい

 ▼「危険から 命を守る声掛けは 何より太い命綱」。信頼関係で強く結ばれた現場が目に見えるようだ。「危険を予知して平静に 目指せ令和も無災害」。平成(平静)から令和へ。無災害を貫く固い決意の表れだろう。「うがい手洗いしっかりと 職場に家庭に安全第一」。新型コロナ感染者を出さない、入れないために今一番必要なのは衛生でないか。「危険のウイルス広げるな 感染源が潜んでる」。労働災害も新型コロナも事前にしっかり見極め、撃退することが大事である

 ▼「安全あっての 家族の笑顔 心にとめて『いってきます!』」。やはり最も気に掛けるべきはこれだ。事故を起こして苦しむのは自分だけではない。元気いっぱい働いて、無事に「ただいま!」を言うまでが仕事である。ご安全に。


もらった人々

2020年06月30日 09時00分

 日本語は難しい―。そう思う外国人は多いようだ。独特の表現体系を持つせいかもしれない。言葉に対人関係が織り込まれた会話表現「やりもらい」もその一つである

 ▼相手に何かを求めたり、自分が誰かに与えたりするとき、「やる(あげる)/くれる/もらう」の動詞を用いる形だ。話し手の立場で動詞がおのずから決まってくる。たとえば「私がもらう」「誰かがくれる」で、「私がくれる」とは通常言わない。日本語学者森田良行さんの『日本語をみがく小辞典』(角川文庫)に教えられた。「話し手の視点を通して述べてこそ日本語が日本語らしくなる」と森田さんは解説する。その言葉を使うだけで対人関係が見事に表現されるとは、日本語のなんと便利なことか

 ▼その伝でいくとこちらなども、相手との関係を的確に物語っていよう。最近、広島県内で「私はもらった」「僕ももらった」と、もらった事実を告白する人が相次いでいる件である。力関係の違いが話し手にその表現を使わせたのだろう。もらっていたのは県議や市議、首長など地元の有力者。くれたのは先に公職選挙法違反(買収)の疑いで逮捕された前法相の衆院議員河井克行容疑者と妻の参院議員案里容疑者である。わけもなくくれたはずはないし、何らかの思惑や圧力を感じずにもらった人もいまい

 ▼中にはもらっていたのに、もらっていないと堂々うそをついた人までいた。恥ずべき態度である。河井夫妻の今後の処遇は裁判次第。一方で受領した議員らは…。今後も引き続き支持をもらいたくとも、くれる人は少なかろう。


コンビニもレジ袋有料に

2020年06月29日 09時00分

 小説家の楊逸さんはスーパーへ買い物に行くといつも感心させられていたという。レジ係の手際の良さを見るにつけである。エッセー「袋のマナー」に書いていた

 ▼係の人が生ものと日用雑貨を別の小袋に分けた上で「最後にレジ袋がすぐ使えるように、ぴったりにくっついた袋の口を少しだけ開けてから籠に入れる」。至れり尽くせりというのはこうした「憎いほど嬉しいサービス」をいうのだろうと楊さんは記す。最近はこんな風景を見ることもめっきり減った。レジ袋の有料化でマイバッグを持参する人が増えたからである。ところが慣れたとはいえうっかり持っていくのを忘れるときもなくはない。ほんの数円だが買わねばならないとなると少し負けた気がするからおかしなものだ

 ▼あさって1日から、コンビニエンスストアでもこのレジ袋が有料化される。手ぶらでふらりと入って気軽に買い物できるのがコンビニの魅力だった。バッグ持参が前提となると、コンビニエンス(便利さ)は幾分低下しよう。経済産業省のプラスチック製買い物袋有料化が始まるのである。海洋投棄や地球温暖化を防ぐためだ。その志や良し。ただ間伐材を使うエコ製品の割り箸を、森林資源の無駄遣いと糾弾した愚の繰り返しにならないか心配だ

 ▼ポリエチレン袋も石油精製時の副産物を有効活用する。燃やしても有害物質は発生せず、プラごみ全体に占める量もごく少ない。レジ袋をいけにえにすることで、経産省が「仕事してる感」を出したかったのでなければいいが。数円が惜しくて言うわけではない。念のため。


身体尺

2020年06月26日 09時00分

 長さや重さの単位に統一規格がなかったころ、人は体の一部を測り方の基準にしていた。「身体尺」と呼ぶ。欧米の「フット」(足)や、日本の「尺」(広げた手の親指から中指)がその典型だろう

 ▼夏目漱石の小説『彼岸過迄』にもこんな一節があった。「森本は自分が肱を乗せている窓から一尺ばかり出張った縁板を見て、『ここはどうしても盆栽の一つや二つ載せておかないと納まらない所ですよ』と云った」。1尺は尺貫法で30・3cmだが、それだけ大きい手を持つ人はほとんどいない。ただ、およその長さが分かっているからこそ、盆栽を置くのにふさわしい空間を友人に伝えられたのである。ところでこの身体尺、新型コロナウイルスをなだめすかしながら暮らす「ウィズコロナ」にも大いに役立つのでないか

 ▼感染防止のための新しい生活様式の一つに、人との間隔を適切に空ける「ソーシャルディスタンス」がある。できれば2m、最低でも1m離れるのがその基本だ。この距離を簡単につかめる。まず両手を左右に広げたときの長さ「尋(ひろ)」を使ってみたい。1尋は約1・8m。マスクなしでも一応安心な距離である。成人男性が前へ倣えをしたときにできるスペースは約0・8m。対面を避け、マスクもした方がいい

 ▼メジャーいらずですぐに距離を見積もれるのがいいところである。身体尺ではないがもう一つ、手頃な物で切りの良い長さを知りたい場合は当紙「北海道建設新聞」をご利用いただきたい。新聞を開いて対角線が約1mである。皆さんにとっても身近だといいのだが。


軍艦島

2020年06月25日 09時00分

 その映画はかなり血湧き肉躍るエンターテインメント作品であるらしい。2017年の封切りで、見てはいないが当時も何かと話題になったため筋立ては知っている。こんな内容だった

 ▼だまされて生まれ育った国から別の国の炭鉱島に連れてこられた人々が、奴隷のように働かされている。ある日、ひどい扱いに耐えかね人々は蜂起。壮絶な戦いの末に島からの脱出に成功するのだった。韓国映画『軍艦島』である。スタローン主演の『ランボー』のように虚構を楽しむならいいが、韓国にはこれを実話と信じる人もたくさんいるらしい。軍艦島とは長崎市の端島のこと。明治期から海底炭鉱で栄え、朝鮮からの出稼ぎ者も多かった。そんな事情と太平洋戦争が重なり、朝鮮人強制労働説が広まったようだ

 ▼端島は2015年に「明治日本の産業革命遺産」としてユネスコ世界遺産にも登録されている。韓国は今回、これを狙ってきた。おととい、ユネスコに登録取り消しの可能性を示唆する書簡を送ったという。韓国の動きを見越し、政府は15日から産業遺産情報センター(東京)で「朝鮮半島出身者への差別はなかった」とする元島民証言を一般公開した。数々の資料も賃金含め待遇が日本人と変わらなかったことを裏付けている

 ▼韓国の反日を実証的に研究する李栄薫氏は編著書『反日種族主義』(文藝春秋)で、『軍艦島』の米国向けPRに使われた写真が北海道開拓時に日本人を写したものだった事実を明らかにした。うその歴史を教えられた韓国人もいわば被害者である。早く真実に気付くといい。


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