近代日本を代表する文学者、島崎藤村の詩に「椰子の実」がある。明治期の作品だが、昭和になって曲が付けられた。そちらで知っているという人も多いのでないか
▼『藤村詩稿』(新潮文庫)から前半の部分を引く。「名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ 故郷の岸を離れて 汝はそも波に幾月 旧の樹は生いや茂れる 枝はなほ影をやなせる」。民俗学者柳田国男に聞いた実話が基になっているらしい。こうした大きな海を渡って岸辺に流れ着いたヤシの実ならロマンもあるのだが、覚えもないのに名も知らぬ誰かから届けられる種には怪しさしか感じない。最近、注文もしていないのに中国から謎の種が送られてくるケースが全国で相次いでいるという。同じことは海外でも起こっているようだ
▼ある日突然、郵便受けに荷物が投げ込まれる。たいていは薄くて軽い。商品名はいろいろだが指輪と書かれている例もある。確認のため封を切ってみるとビニール袋に入った種が出てくるというわけだ。植物防疫所は開封せずに連絡するよう注意を喚起。目的はまだ分かっていないが、個人情報を不正に入手して購入者になりすまし、特定の販売サイトの評価を上げる手段に使われているとの説が有力と聞く。どこかで勝手に名前が使われていると思うと気持ちが悪い
▼そんな悪質な出品者が後を絶たないからだろう。アマゾンや楽天など通販大手4社が協議会を設立し、対策に乗り出した。早急に進めるべきだろう。謎の種を送る出品者が海の向こうで生い茂るのを放置しておくわけにはいかない。