コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 14

外国人技能実習生

2023年04月14日 09時00分

 森鴎外は小説『山椒大夫』で、一夜にして不幸な境遇にたたき落とされた姉弟のけなげな姿を描いた。子どものころに読み、不条理な運命に怒りや悲しみを覚えた人も多いのでないか

 ▼母親らと旅をしていた安寿と厨子王が、訳あって野宿をすることになった場面から話は始まる。そこに実直そうな男が現れ、ここは危ないから自分の家に来ないかと誘う。地獄に仏と好意に甘えたものの、実はその男が人買いだった。姉弟はすぐ母親と引き離され、舟で丹後の国まで運ばれた。山椒大夫という金持ちに売られたのである。待っていたのは重労働。こき使われる日々が始まる。中世の逸話を基にした物語だが、昔はひどかったと過去に閉じ込めるわけにはいかないようだ

 ▼外国人技能実習生の中にも、それに近い思いをさせられている人がいるらしい。お金が稼げて、国に戻ってから役立つ技能も身に付く。そんな甘い言葉を信じて遠い日本に来てみれば、強制労働のような受け入れ先が待っていたというのである。温かく迎え、待遇もまともな先がほとんどだろう。ただ、暴力を振るったり、賃金の不払いが横行したりといった例も少なくないそうだ。逃げ出し、そのまま失踪する実習生が後を絶たない。これでは山椒大夫と同じでないか

 ▼政府の有識者会議は先日、技能実習を廃止し、新たな制度を創設すべしと提案した。問題は放置できない段階まできていたわけである。本来は関係者全員が得をする取り組みだ。希望を抱いて日本へ来た実習生が人間扱いされず、食い物にされるような制度ではいけない。


10円玉の現在

2023年04月13日 07時00分

 小銭入れがずっしりと重くなったとき、便利なのがスーパーなどのセミセルフレジである。いちいち小銭を数えることなく、中身をそのまま投入口に注ぐ。あとは表示された不足分を紙幣で払えばいい。うまくいけば小銭入れは軽くなり、すっきりした気持ちになる

 ▼係の店員が受け払いをしてくれるレジだと大量の小銭を出しにくいし、一枚一枚数えて出すのも後ろで待つ他の客に迷惑がかかると気になってしまう。ただ、当初は推奨されていたそんな使い方も、近頃はできなくなってきた。枚数制限をするようになったのである。小銭の食べ過ぎで腹を壊すレジが多かったに違いない。皆考えることは同じ。必要だがたまると厄介なのが小銭である

 ▼電子マネーの利用者が増えるのも自然の成り行きだろう。世の流れは財務省が先日発表した貨幣製造計画にも映し出されていた。2023年度の10円玉製造枚数は3300万枚で、近年最も少なかった22年度当初の1億200万枚を大幅に下回っているのである。最も多かった1974年には、17億8000万枚(実績)が発行されていたのだとか。まさに隔世の感がある。本年度の製造は硬貨全てを合わせても5億8600万枚。消費税導入で1円玉が増えた準ピークの90年に比べると、ほぼ10分の1にまで減っている

 ▼実際、ここ5年の変化は著しい。キャッシュレス決済が、それだけ急速に浸透してきたというわけだ。まあ、あえて流れに逆らうこともあるまい。自動販売機で缶コーヒーを買おうとして、10円が足りずに悔しい思いをするときもあるが。


統一地方選前半戦

2023年04月11日 09時00分

 才能があっても大成するとは限らない。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』(文春文庫)に、幼なじみで尊王攘夷(じょうい)の志を同じくする武市半平太を、坂本竜馬がそう評する場面があった。事実、武市は志半ばで謀反人として切腹させられる

 ▼竜馬は武市を大いに認めていた。謀略のうまさは大久保利通と肩を並べ、人物の格調の高さは西郷隆盛に匹敵。人を感化する力は長州の吉田松陰に似ているというのである。ではそうした一流の人物たちとどこが違っていたのか。竜馬はこう考える。「仕事をあせるがままに、人殺しになったことだ。天誅、天誅というのは聞こえはよいが、暗い。暗ければ民はついて来ぬ」。政治の世界も似たところがあるようだ

 ▼第20回統一地方選の前半戦が9日、終わった。ふたを開ければ野党第1党の立憲民主党は今回も強い印象を残せなかった。立民は存在感を示そうと焦るあまり、殊更に日本社会のあら探しをしたり、閣僚や官僚を怒鳴りつけたり。そんな国会議員が目立つ。きつく当たるのは世直しのためだというと聞こえはいいが、竜馬の言を借りれば「暗い」。それが党のイメージを低下させ、地方選にも影響したのだろう。道府県議選で立民は185議席にとどまり、改選前の議席を下回った。野党第1党にふさわしい数ではあるまい

 ▼全国で唯一、与野党全面対決となった本道知事選も現職の鈴木直道氏が立民推薦の候補を大差で破り当選している。有権者も今の社会に問題が多いのは重々承知。とはいえ才があっても文句ばかり多い人にはついて行きたくない。


ムツゴロウさん

2023年04月10日 09時00分

 人が住む家の基本機能は何かといえば、まず身を守るシェルターの役割を果たすことである。文部科学省の家庭科指導資料にそうあった。安全な暮らしが確保されて初めて食事や子育て、だんらんもできるのだから当然だろう

 ▼とはいえ集合、戸建て問わず、デザインや安さに気を取られ、基本がないがしろにされている家も少なからずある。日本はまだしも、世界に目を向けると安全性を無視した住宅も珍しくない。人はなまじ知性がある分、時に肝心なことを忘れ、余計なものに手間を掛ける。動物はそうではない。「動物の家は力学的に安定していて、自然の猛威にさらされてもこわれ難くなっている」。世界中で動物と触れ合い、観察してきた「ムツゴロウ」さんこと作家の畑正憲さんの言葉である。『自然界の建築家たち』(ミサワホーム総合研究所)に記していた

 ▼そのムツゴロウさんが5日の午後、中標津町内の病院で亡くなったそうだ。87歳だったという。知り合いのおじさんを失った気分である。1980年からフジテレビ系列で放送していた『ムツゴロウのゆかいな仲間たち』を、毎回わくわくしながら見ていた人も多いに違いない。ムツゴロウさんいるところ必ず面白い事件ありである

 ▼改めて振り返るとムツゴロウさんは、人は万物の霊長というが本当に動物より優れているのかと、常に問い掛けていたように思う。人は目先の楽しみや快適さのために生物の家ともいうべき地球も傷つけてきた。世界中の人が協力して壊れにくい地球をつくること。ムツゴロウさんが残した宿題である。


オールをまかせるな

2023年04月07日 09時00分

 シンガーソングライターの中島みゆきさんが、ロックグループ「TOKIO」に提供してヒットした楽曲に『宙船』がある。みゆきさんならではのメッセージ性の高い歌詞だった

 ▼歌い出しのこの一節に胸を打たれた人も多いに違いない。「その船を漕いでゆけ お前の手で漕いでゆけ お前が消えて喜ぶ者に お前のオールをまかせるな」。人生の主導権を他人に、とりわけ自分に害なす者に渡すなというのである。人の生き方について助言をする歌だが、企業や国にも同じことがいえるのでないか。中国が電気自動車(EV)などに必要なレアアースを使った高性能磁石技術を禁輸する方向で検討に入ったとの報を聞き、先の歌を思い出した。この技術はもともと日本が持っていたのである

 ▼日本のメーカーがレアアースを求めて中国で合弁企業をつくり、磁石の製造技術も教えた結果、物量で上回る中国にシェアをそっくり持っていかれたのだ。「ひさしを貸して母屋を取られる」のことわざそのままである。同様のケースは初めてではない。太陽光発電パネルや新幹線に代表される高速鉄道の技術なども、日本企業の中国への製造設備移転や途上国支援の技術協力といった形で中国に渡ったもの。粗暴な相手に頼まれて刀を貸し、気づいたら斬られていたような話である

 ▼磁石の件は米国が強める対中国半導体輸出規制への報復と、脱炭素分野での覇権狙いとされるが、日本の短視眼的なもうけ主義や善意が逆手に取られた感は否めない。中国は全幅の信頼を置いてオールをまかせられる国ではないのだ。


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