森鴎外は小説『山椒大夫』で、一夜にして不幸な境遇にたたき落とされた姉弟のけなげな姿を描いた。子どものころに読み、不条理な運命に怒りや悲しみを覚えた人も多いのでないか
▼母親らと旅をしていた安寿と厨子王が、訳あって野宿をすることになった場面から話は始まる。そこに実直そうな男が現れ、ここは危ないから自分の家に来ないかと誘う。地獄に仏と好意に甘えたものの、実はその男が人買いだった。姉弟はすぐ母親と引き離され、舟で丹後の国まで運ばれた。山椒大夫という金持ちに売られたのである。待っていたのは重労働。こき使われる日々が始まる。中世の逸話を基にした物語だが、昔はひどかったと過去に閉じ込めるわけにはいかないようだ
▼外国人技能実習生の中にも、それに近い思いをさせられている人がいるらしい。お金が稼げて、国に戻ってから役立つ技能も身に付く。そんな甘い言葉を信じて遠い日本に来てみれば、強制労働のような受け入れ先が待っていたというのである。温かく迎え、待遇もまともな先がほとんどだろう。ただ、暴力を振るったり、賃金の不払いが横行したりといった例も少なくないそうだ。逃げ出し、そのまま失踪する実習生が後を絶たない。これでは山椒大夫と同じでないか
▼政府の有識者会議は先日、技能実習を廃止し、新たな制度を創設すべしと提案した。問題は放置できない段階まできていたわけである。本来は関係者全員が得をする取り組みだ。希望を抱いて日本へ来た実習生が人間扱いされず、食い物にされるような制度ではいけない。