コラム「透視図」

怖いマダニ

2016年08月20日 09時40分

 ▼随分前から行ってみたいと思いながら、怖くてどうしても足を踏み入れられなかった登山道がある。夕張山系の秀峰芦別岳の旧道がそれなのだが、難易度が高いからという訳ではない。ダニに襲われることが格別多いコースだからなのである。一般向けの明るい新道に比べ長く険しい旧道は、歩く人も少なくやぶが茂りやすい。そうした草木と常に接触しながら歩く登山者は、ダニの格好の標的というわけ。

 ▼今月、本道で40歳代の男性が「ダニ媒介性脳炎」のため亡くなったという。お気の毒というほかないが、その報を聞いてダニへの恐怖感が一層増した。憧れの芦別岳旧道はさらに遠くなったようである。この病気はマダニにかまれて発症する感染症で、死亡例は国内で初めてとのこと。マダニといえば「ライム病」がすぐ思い浮かぶが、死を招くこんな病気もあったとは。本道では確認されていないものの、西日本では「重症熱性血小板減少症候群」の症例報告も少なくないのだとか。

 ▼旧道に登るため以前からダニ対策を調べていた。一番は「君子危うきに近寄らず」だが、生息域に入るなら肌を露出させてはいけない。裾や袖口など開口部は閉じ、首にはタオルを巻く。複数で行動し、衣服に付いていないか確認し合うのもいい。取り除くにはガムテープが有効だ。とまあ分かっていても旧道に入る勇気はまだ出ない。趣味なら無理して行くこともないが、仕事で野山に分け入り、やぶこぎをせねばならない人も多いはず。標的にならぬよう鉄壁の守りを心掛けたい。


五輪と記憶

2016年08月19日 09時41分

 ▼小説家の山本一力さんは、エッセーに「五輪にまつわる思い出は、それぞれが四年の時空を飛び越えて、私の中に収まっている」(『くじら日和』文春文庫)と書いていた。東京開催の1964年には高校で「東京五輪音頭」の踊りを練習し、ミュンヘンの72年には旅行会社の添乗員としてパリにいて、選手村がテロに襲われたと聞き不安で仕方がなかったそうだ。五輪が記憶の糸口になっているのだろう。

 ▼言われてみれば確かに筆者も、72年の札幌冬季五輪での笠谷幸生選手ら日の丸飛行隊の活躍を思い出すと、同時に小学生だった当時の楽しかった情景があれこれ浮かんでくる。五輪と自分の思い出が結び付いている人は、案外多いのかもしれぬ。あらためて振り返ると、72年ごろは今に比べて社会に勢いがあり、みんな元気だったとの記憶もよみがえる。それもそのはず、最近再び注目されている故田中角栄氏が『日本列島改造論』を発表し、総理大臣の座に就いたのも同じ年だった。

 ▼角栄氏は国土の均衡ある発展を目指し、日本列島を高速道や新幹線など高速交通ネットワークでつないでいったのである。強力な政治主導で論を現実に変えた。良いことばかりではなかったろう。また、いつの時代にも同じ手法が通用するわけでもあるまい。ただ社会には、夢や希望があったのでないか。さて10年先、50年先に若者たちが今回のリオ五輪を振り返ったとき、何が頭の引き出しから出てくるだろうか。選手の健闘ぶりの他に思い出せるのが時代の閉塞感だけなら寂しい。


台風7号

2016年08月18日 10時04分

 ▼落語では決まった時期になると、貧乏長屋の住民たちのところに必ず顔を出す招かれざる客が登場する。お分かりとは思うが、借金取りである。とはいえそんな職業があるわけもなく、時に大家だったり仕入れ先だったり、酒屋だったりする訳だが。「掛け取り漫才」という噺では、全く支払う気のない亭主が借金取りたちを趣味の話に誘導し、上機嫌にして次々と帰してしまう。なかなか才に長けている。

 ▼とはいえあまり来なくなると、「たまに借金取りの顔を見ないと調子が出ない」なんて、かえって気になったりもするらしい。ところで、ことしは台風の襲来も随分と少ないようだ。何せ昨年は8月末時点で既に16個も発生していたのに、今回はまだ台風7号なのである。もっともこちらは取り立てでなくいらぬ暴風雨をもたらすもの。ひとたび猛威を振るえば被害や影響が出ること必至だ。顔を見ないに越したことはないが異常気象が続く昨今、少な過ぎるのも妙に気掛かりである。

 ▼台風7号は温帯低気圧に変わっても、きょういっぱい厳重な警戒が必要だ。道東と道南の太平洋側が勢力の中心とはいえ、大気が不安定なため道内全域で突風や集中豪雨、落雷、土砂災害などの懸念がある。特に屋外で従事する人は、くれぐれも油断なきよう願いたい。招かれざる客だが渇水に苦しむ関東地方にとっては、水がめとなるダムへの恵みの雨と期待されていたと聞く。落語の亭主ではないがうまく調子を合わせて被害を小さく抑え、早々にお帰りいただくのが一番だろう。


終戦記念日

2016年08月13日 09時40分

 ▼次々と訪れる困難に立ち向かう、けなげなヒロインを応援せずにはいられない。そんな気持ちでNHKの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」を、毎日楽しみに見ている。作り話にそんな感情移入してどうする、と言うなかれ。多少の演出はあるにせよ、今も発行が続く雑誌『暮しの手帖』を創刊した大橋鎮子さんをモデルにしたドラマなのである。昭和23(1948)年創刊だから、まだ戦後の混乱期だった。

 ▼大橋さんはその第一号のあとがきにこう記している。「はげしい風のふく日に、その風のふく方へ、一心に息をつめて歩いてゆくような、お互いに、生きてゆくのが命がけの明け暮れがつづいています」。さらっとした文章だが「生きてゆくのが命がけ」とは何とすさまじい表現か。もっとも、戦後の困窮を経験していない者が読むからそう思うので、当時の人々からすれば「そうそう」と共感できる事実だったのだろう。食糧難の上、着る物も住む所も満足にはなかった時代である。

 ▼そんな過去を知るとデフレから抜け出していないとはいえ、豊かな現代に暮らす幸せを感じないわけにいかない。この豊かさの理由は幾つかあろうが、平和が長く続いたことも大きな一つである。ことしも終戦記念日が近付いてきた。平和歴71年といえばもはやベテラン。周辺には軍事的野心を持つ国もあるが、日本は培ってきた知恵と経験で難局を乗り越えていきたいものだ。終戦記念日をまた1周年からやり直し、「生きてゆくのが命がけ」になることなど誰も望まないのだから。


「山の日」に

2016年08月11日 10時20分

 ▼温泉教授として知られる洞爺湖町出身の松田忠徳氏は、身も心も癒やし「深い精神的な安らぎと心地よさ」をもたらしてくれる日本の温泉の効用を、「温泉力」と呼んでいるそうだ。『黒川温泉 観光経営講座』(光文社新書)に教えられた。日本人なら「温泉力」の存在に疑いを持つ人などいないだろう。文字通り肌身で理解している。特に冬、雪を見ながら露天風呂に漬かるあの気持ち良さといったら。

 ▼きょうはことしから国民の祝日となった「山の日」である。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」日だという。山に親しむのはもちろんだが、恩恵といえば温泉を忘れるわけにはいかぬと思った次第。さかのぼれば古事記や日本書紀にまで湯治の記述があるというから、日本人の温泉好きは歴史的にも裏付けがある。文学の舞台に温泉が多く使われているのも当然のこと。夏目漱石もそんな愛好家の一人だったようで、「二百十日」など、作品にはたびたび温泉が出てくる。

 ▼温泉といえば北海道を抜きには語れない。環境省の2015年版環境統計集によると、温泉地数は北海道が249カ所で第1位。その他にも一般には知られていない自然の中の野天風呂がどれだけあることか。筆者もかつてヌプントムラウシ温泉で河原を掘って湯船をこしらえ、野趣あふれる入浴を堪能したことがあった。そうした山の恵みが身近にあるのも北海道のいいところ。「温泉力」が相当高いということだろう。さて盆も何かと忙しい。まずは温泉に力をもらうとしようか。


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