幕末のころ、江戸の人々を恐怖に陥れた妖怪がいたそうだ。その名は「虎狼狸(ころうり)」。いろいろ説はあるが明治時代に描かれた錦絵を見ると、文字通り虎の頭、狼の胴体、狸の睾丸(こうがん)を持つ獣として描かれている
▼当時、日本で伝染病が大流行し、江戸だけでも数十万人が感染した。人はバタバタと死んでゆくのに原因が分からない。これはきっと妖怪の仕業に違いない、とうわさになったわけだ。今では原因がはっきりしている。コレラだった。どうやら黒船に乗ってやってきた西洋人が持ち込んだらしい。そんなことは知る由もない江戸の人々である。その不安を思えば見えない敵を妖怪と信じても不思議はなかったろう
▼「豚コレラ」の感染拡大が止まらない。ここまで封じ込めにてこずると、これも妖怪の仕業でないかとばかげた想像もしたくなる。岐阜でたたいたはずが長野で発生し、大阪に出たと思えば埼玉にも飛び火するといった具合。発生が確認されてからかれこれ1年である。豚コレラも元はといえば黒船と同様に中国など海外から感染肉が入り込んだようだ。その肉に接触したネズミやイノシシがウイルスを各地の豚舎に広め、人や車の移動がそれに拍車を掛けた
▼封じ込めに万策尽きたのだろう。農林水産省がワクチン接種にかじを切った。接種した肉や加工品は輸出できなくなるが、ワクチンをせずに感染をさらに広げる事態にでもなれば日本産豚肉の信用は地に落ちる。妖怪がのさばるのをこれ以上許すわけにはいかない。目に見えないものとの厳しい戦いが続く。