江戸期を代表する俳人松尾芭蕉は今の山形県北東部大石田を旅し、後世に残る名作を生み出した。「五月雨を集めて早し最上川」の一句である。紀行文学『おくの細道』の中でも特に有名な作品だろう
▼最上川といえば熊本の球磨川、静岡の富士川と並ぶ日本三大急流の一つ。流路延長229㌔は都府県の中のみを流れる河川としては国内最長だという。芭蕉は白い竜のごとく流れ下る水を驚嘆の目で見たに違いない。そんな地上の川とは比べものにならないほど巨大な「大気の川」が、7月の水蒸気を集めてできていたそうだ。今回、九州北部地方を集中的に襲った大雨の原因となった現象である。気象学を専門とする筑波大の釜江陽一助教がNHKのテレビニュースで解説していた
▼大気の川とは聞き慣れないが、大陸側から九州を通って太平洋まで延びる水蒸気の帯が空に形成されていたらしい。その規模は東西5400㌔、南北500㌔というのだからとてつもない。日本列島がすっぽり入る大きさである。これが線状降水帯を絶え間なく発生させたのだという。そもそも降水帯本体の積乱雲には小さめの湖と同じ600万㌧の水が含まれている。そんな雲が次々とできるバックビルディングが起きるのだから、大気の急流でもないと説明がつかない
▼九州北部で続いた雨は広い範囲に浸水被害をもたらし、山間部では土石流も相次いだ。建物やインフラの被害はもちろん、犠牲者も少なくない。空にある川も湖も、年を追うごとに大きさを増しているのでないか。せめて穏やかに流れてほしいものだが。