コラム「透視図」

吉田沙保里選手引退

2019年01月10日 07時00分

 往年のファンはご存じだろう。超人的伝説を数々持つブルース・リーは「ワンインチパンチ」も得意としていた。中国武術で「寸勁(すんけい)」と呼ばれる技である

 ▼パンチを打つ場合、通常は拳を一度後ろに引き反動や回転力を利用するが、ワンインチパンチは対象と接した状態から一気に力を開放する。予備動作なしで拳が繰り出されるため、相手にしてみれば気付いたときには既に吹っ飛ばされているわけだ。レスリング女子の生きた伝説、吉田沙保里選手の「高速タックル」を見るたび、そのブルース・リーの技を思い出していた。やはり組み手争いから予備動作なしでタックルが放たれる。相手選手にしてみれば、気付いたときには体をつかまれ、次の瞬間にはもう転がされている。そんな感じでないか

 ▼その雄姿を公式試合で今後見ることができなくなるとは寂しい。吉田選手がおととい、ツイッターで現役引退を発表した。「33年間のレスリング選手生活に区切りをつけることを決断した」そうだ。アテネ、北京、ロンドンの五輪と世界選手権合わせて16大会連続世界一に輝いた名選手である。テレビ番組にも度々出演し、飾らぬ明るい人柄でお茶の間を湧かせた。まさに国民栄誉賞にふさわしい、多くの人に愛された人だろう

 ▼記憶に新しいのは先のリオ五輪で金メダルを逃した直後、泣きながら「ごめんなさい」と謝った場面である。そんな必要は全くなかったのに。今私たちが言いたいのはこういうことだ。長い間素晴らしい試合を見せてくれて、そして応援させてくれて「ありがとう」。


年賀状じまい

2019年01月09日 07時00分

 年賀状を送るのはこれでおしまいにします―との意思を伝える、いわゆる「年賀状じまい」が静かに広がっているという。平成の終わりに合わせ今回実施に踏み切った、という人も多いようだ。筆者も「本年をもちまして年始のご挨拶を控えさせていただきます」と記された年賀状を何通かもらった

 ▼中止する理由はお金や時間の負担軽減、虚礼の廃止、SNSが普及したためネットで十分。気持ちはよく理解できる。一方で今も続けている人のほとんどは、相手を思い労力を掛けるのも礼儀のうちと考えている様子。これもまたもっともなことである。それはそれとして、そもそも年賀状がこれだけ社会に浸透したのは人々の手抜きが原因だったらしい

 ▼明治も半ばまでは相手宅を訪問する年始回りが常識。郵便で済ませるなどあるまじき非礼とされていたそうだ。皆が一斉に移動するものだからちまたには人があふれ、行く方も迎える方も大忙し。土産物、酒、食事と双方の負担もばかにならなかったのだとか。ところが日清、日露の戦争で訪問を遠慮する風潮が生まれ、あいさつにはがきが使われるようになる。いったん便利さを知った人々の心変わりは早かったという。本欄に度々ご登場いただく作家岡本綺堂の随想から学んだことである

 ▼年賀はがきの発行枚数はピークの2000年頃に40億枚を超えていたが、19年用は25億枚にとどまった。寂しい気もするがこれが現実。まあ、驚くこともあるまい。年始のあいさつも時代とともに、より楽な方に流れていくものなのだろう。今も昔も変わりはない。


史上最年少囲碁棋士

2019年01月08日 07時00分

 ニュース映像で見たのだが、まだあどけなさを残す顔がいざ対局となると相手を鋭くにらむような表情に変わるのに驚かされた。9歳にして目はもう勝負師のそれ。史上最年少で囲碁棋士になることが決まった大阪市の小学4年生、仲邑菫さんの話である

 ▼ニュースというのはおととい東大阪市で開かれた囲碁フェスティバル。そこで菫さんは現在五冠の井山裕太棋聖と公開対局し、互角の渡り合いを演じたのだった。勝負は時間切れ引き分け。中盤以降は井山棋聖が徐々に優勢になっていったものの、序盤は菫さんが押していたという。対局後の記者会見で井山棋聖は、男女の枠を超えて「十分天下が狙える」と絶賛していた。末恐ろしい早咲きの才能である

 ▼3歳から本格的に取り組み始めたというが、6年あれば誰もがこの域に到達できるわけでもあるまい。やはり天与の資があるのだろう。同じく3歳で始め、6歳で近郷に敵なし、9歳で本因坊家に入門した幕末の天才棋士本因坊秀策をほうふつとさせる。それにしても知力勝負での、最近の日本の子どもたちの活躍は目覚ましい。昨年10月には神奈川県の小学5年生、福地啓介君が第42回世界オセロ選手権でチャンピオンの座を獲得した。歴代最年少である。今16歳の将棋の最年少プロ藤井聡太七段は言うに及ばずだろう

 ▼彼らの活躍を見ていると、日本の未来は明るいと思えてうれしくなる。本当は全ての子どもたちに天与の資があるのだ。もっと多くの子どもたちが自分の才能に気付き、力を伸ばすことができればいい。これは大人の責任である。


Michi(みち)

2019年01月07日 07時00分

 この正月に書店へ行き、入り口付近に置いてあった一冊の絵本に一目ぼれし購入した。タイトルを『Michi(みち)』(福音館書店)という。京都在住の画家、junaida(じゅないだ)さんの作品である

 ▼男の子と女の子がそれぞれ自分の家から一本の道を歩き始め、風変わりな街を幾つも通り過ぎていく。ただそれだけの文字もない絵本だが、見開き2ページで色とりどりに描かれる街がとにかく美しい。蒸気機関車をかたどっていたり、大木をそのまま街にしていたり、宇宙に浮いていたり。どの街も実に独特なのだが共通する点が一つある。それは白い道が縦横に張り巡らされていること。人々はその道を歩き、世間話に花を咲かせ、憩う。男の子と女の子も歩き回ることで街の姿を知るのである

 ▼新しい年というのも似たようなものでないか。まずは目の前の一本の道を歩き始める。次第に枝分かれしていく道を慎重に選びながら進み、さまざまな経験をしてやっとその年の全体像が見えてくる。ことしは決まっているだけでも統一地方選、天皇陛下譲位、参院選、消費増税があり、どう考えても波乱含み。その上、国際環境も安定しているとは言い難い。3日には熊本で大きな地震が発生し、災害の不安も呼び覚まされた。道は最初から平たんでなさそうだ

 ▼「初暦未知なる月日歩み初む」熊崎わか子。「未知」とはつまり、読めぬ未来に続く「道」だろう。ことしはまだ始まったばかり。まずは歩き出してみねば。案外とその角を曲がった先に、きれいな風景が広がっているかもしれない。


改元

2019年01月01日 00時00分

 ことし5月、元号が改まる。普段は特に意識することなく暮らしているが、何かきっかけがあると自分や日本にとってどんな意味を持つのか自然と考えてしまう。それが元号というものだろう。日本人にとって存在感は思いのほか大きい

 ▼さて、あなたにとって平成の30年間はどういった時代だったろうか。昭和の半分ほどとはいえ短くはない年月である。平成生まれの人が既に人口の4分の1を占めるくらいなのだ。皇后さまが昨年の春に作られた歌がある。「語るなく重きを負ひし君が肩に早春の日差し静かにそそぐ」。重責を担いながらも不満一つ言うでなく、一心に国民のためを思い働く天皇陛下のたたずまいを詠んだ一首であるという

 ▼陛下のみならず、多くの国民の平成をまさに象徴するような歌でないか。大戦こそなかったものの決して平穏な時代ではなかった。始まって早々バブルが崩壊し経済は低迷。悪い事は続くものでその後は北海道南西沖、阪神淡路、東日本、熊本と悲惨な震災が相次いだ。「人生離別なくんば 誰か恩愛の重きを知らん」。蘇東坡の詩の一節である。災害はつらく悲しい出来事で二度とごめんだが、人の強さや優しさを深く知る機会になったのも確かなこと。世界中からたくさんの励ましが寄せられ、助け合いの精神も美しく花開いた

 ▼新しい元号が何かはまだ分からない。デフレ経済、少子高齢化、国際関係、多くの課題も積み残されたままだ。ただ、新しい時代が平成で大きく育った強さや優しさといった土台の上に築かれることは間違いない。自信を持っていい。


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