コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 2

大気の川

2023年07月13日 09時00分

 江戸期を代表する俳人松尾芭蕉は今の山形県北東部大石田を旅し、後世に残る名作を生み出した。「五月雨を集めて早し最上川」の一句である。紀行文学『おくの細道』の中でも特に有名な作品だろう

 ▼最上川といえば熊本の球磨川、静岡の富士川と並ぶ日本三大急流の一つ。流路延長229㌔は都府県の中のみを流れる河川としては国内最長だという。芭蕉は白い竜のごとく流れ下る水を驚嘆の目で見たに違いない。そんな地上の川とは比べものにならないほど巨大な「大気の川」が、7月の水蒸気を集めてできていたそうだ。今回、九州北部地方を集中的に襲った大雨の原因となった現象である。気象学を専門とする筑波大の釜江陽一助教がNHKのテレビニュースで解説していた

 ▼大気の川とは聞き慣れないが、大陸側から九州を通って太平洋まで延びる水蒸気の帯が空に形成されていたらしい。その規模は東西5400㌔、南北500㌔というのだからとてつもない。日本列島がすっぽり入る大きさである。これが線状降水帯を絶え間なく発生させたのだという。そもそも降水帯本体の積乱雲には小さめの湖と同じ600万㌧の水が含まれている。そんな雲が次々とできるバックビルディングが起きるのだから、大気の急流でもないと説明がつかない

 ▼九州北部で続いた雨は広い範囲に浸水被害をもたらし、山間部では土石流も相次いだ。建物やインフラの被害はもちろん、犠牲者も少なくない。空にある川も湖も、年を追うごとに大きさを増しているのでないか。せめて穏やかに流れてほしいものだが。


北海道南西沖地震から30年

2023年07月12日 09時00分

 手を掛けてブドウを栽培するところから始まるワイン造りは繊細で難しい仕事といわれる。自然が相手なだけに一筋縄ではいかない。経験のない土地で新たに事業を起こすのが無謀とされるゆえんである

 ▼今では「奇跡のワイン」と呼ぶ人がいる奥尻ワインも、当初は成功が疑問視されていた。筆者は2002年から函館で勤務していたが、地元でも応援はしても、うまくいくと考える人は少なかったと記憶している。「奥尻ワイナリー」の母体、海老原建設(奥尻)がワイン専用種の苗木定植を広げたころの話である。もとはといえば1993年の北海道南西沖地震から復興するため、新しい産業を育てて雇用を維持し、島の発展につなげようと未知の領域に乗り出したのだった

 ▼多くの犠牲者を出したあの地震から、きょうで30年である。猛火に包まれた青苗地区の映像を見た衝撃は忘れられない。当時人口4700人あまりの島で、津波や火災などに巻き込まれ172人が死亡、26人が行方不明になったのだ。2011年3月の東日本大震災より前に、津波の恐ろしさを人々に強く印象づけた地震災害だった。漁船や冷凍冷蔵施設、加工場といった水産施設の被害も深刻で、島の産業基盤は壊滅の危機に陥った。島の方々の悲しみと苦労は並大抵ではなかったはずである

 ▼盲ろうの偉人ヘレン・ケラーは生前、「世の中にはつらいことがたくさんありますが、それに打ち勝つことでもあふれています」と語っていたそうだ。奥尻町の復興も、その生きた実例だろう。奥尻ワインの快挙が静かに物語っている。


蘭越の蒸気噴出

2023年07月11日 09時00分

 物理学者の中谷宇吉郎といえば北大で世界初の人工雪製作に成功した人物だが、資源やエネルギーの問題にも造詣が深かった。山に積もる大量の雪を、お札が積んであるようなもので日本の一番の財産だと言った話は有名である。もちろん水力発電を念頭に置いてのことだった

 ▼地熱利用にも関心を持っていたという。日本には数多くの温泉があるとし、「石炭に換算して、一千億円分の熱量」だと随筆に記していた。雪国の温泉へ行って湯に浸り、真っ白な山を眺めてみると、将来の日本に熱エネルギーの心配はいらないことがよく分かるそうだ。1952年の随筆だから、時代を先取りしていたというべきかもしれない

 ▼雪山を望める温泉なら本道にもたくさんある。ニセコ地域もその一つ。蒸気が激しく噴出する事案の起きた蘭越町湯里の現場が、まさにその地熱資源調査の掘削地点だった。ニセコをよく訪れる人にはおなじみの、〈蘭越町交流促進センター 雪秩父〉大湯沼から北東300mの場所である。発生から10日あまりたつものの、抜本的な事態収拾のめどは立っていないのが現状のようだ。出たのが蒸気だけならよかったが、周辺の水からは飲料水基準をはるかに上回るヒ素が検出されているのだとか

 ▼これまでに4人が体調不良を起こし、付近の農業にも影響が出ている。道も7日、事業主体の会社に行政指導をしたそうだ。地熱開発は適地選定が全て。ニセコ地域が潜在力を秘めているなら頓挫させるのは惜しい。中谷博士が描いた風景に近付けるためにも、一日も早く問題を解決したい。


安倍元首相暗殺から1年

2023年07月08日 09時00分

 年齢を重ねるにつれて、子どものころには疑いもしなかった「正義」が実はなかなか扱いにくいものだと分かってくる。うなずく人も多いのでないか

 ▼芥川龍之介も同じように考えていたらしい。「正義は武器に似たものである。武器は金を出しさへすれば、敵にも味方にも買はれるであらう。正義も理屈をつけさへすれば、敵にも味方にも買はれるものである」。随筆『侏儒の言葉』に、そんな警句が記されていた。人は皆、自分なりの「正義」を持っている。往々にして一方の「正義」は、もう一方から見ると「不正」に映る。脳科学者の中野信子さんは著書『心の闇』(新潮新書)で、人はその「正義」を免罪符とし、「正義のためなら誰かを傷つけてもいい」との攻撃欲求に承認を与えると指摘していた

 ▼奈良市の駅前街頭で参院選の応援演説をしていた安倍晋三元首相を手製の銃で殺害した山上徹也被告も、安倍氏を不正の象徴に見立て、犯行に及んだのだった。あの悲しい事件からきょうで1年である。山上被告からは自らの境遇への怒りと、「正義」の化身となって悪を倒そうという強固な意思を感じる。ただ、それは一人で育てた感情ではあるまい。「正義の味方」を気取る特定の野党とマスコミが執拗(しつよう)に安倍氏を悪者にしてきた空気も影響していよう

 ▼その証拠に暗殺直後、山上被告に同情し、安倍氏は自業自得と公言する著名人が少なからずいた。あきれるほかない。人一人が無残に殺されてなお、どこかに「正義」があったなどと。ずいぶん安い「正義」を買ったものである。


小暑

2023年07月07日 09時00分

 かつて大人気だった女性3人組アイドルグループ「キャンディーズ」の楽曲に、『暑中お見舞い申し上げます』(喜多條忠作詞、佐瀬寿一作曲)がある。3人が力強くきれいなハーモニーで、題名にもなっている時候のあいさつの言葉から歌い出す印象的な曲だった

 ▼サビの部分を今でも覚えている同輩の方々も多いのでないか。「今年の夏は 胸まで熱い 不思議な 不思議な夏です 暑中お見舞い申し上げます」。きょう7日は二十四節気の小暑。キャンディーズが歌で届けた暑中見舞いは、便りで送るならこの小暑からが一つの目安となる。歌は付き合っている彼氏への思いがあふれて「胸まで熱い」のだが、本道はこれからしばらく平年より気温が高く、実際に「暑い」らしい

 ▼日本気象協会の天気予報によると、この週末の気温は30度を超え真夏日となる見込みという。来週も引き続き暑い上に、天気は湿りがちというから、じめじめとした暑さに悩まされそうだ。本格的な梅雨のない道産子にはつらい。「塩噴いて土工の腕の日焼かな」山崎スミエ。塩を噴くとなると、汗で水分がかなり失われていよう。高温多湿の環境では熱中症が起こりやすい。7月といえば建設現場も最盛期に入るころである

 ▼仕事に集中すると水分補給を忘れがちだ。時既に遅しとならないよう声を掛け合い、こまめな補給とクールダウンに努めたい。日常生活も同じだろう。めまいや頭痛、吐き気を感じ、恋でもないのに胸まで熱いどころか全身が熱くなっていたら危険なサイン。熱中症は命に関わる。甘く見ないように。


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