どんなことをするにしても、うまく運ぼうと思えばそれなりにコツをつかむ必要がある。道尾秀介氏の小説『カラスの親指』(講談社文庫)にこんな場面があった
▼仕事仲間の武沢とテツが、ある店の前で打ち合わせをしている。「いいか、テツさん。演技するんじゃなくてその人物になり切るんだぞ。そうしないと、この稼業は上手くいかねえんだからな」。テツが答える。「毎度言わなくてもわかってますって」。察しの良い方はお分かりだろう。彼らの「仕事」は詐欺である。これも一つのコツだが、人をだますには演じるくらいでは足りないようだ。現実の犯罪も相当真に迫っているに違いない。いわゆる「オレオレ詐欺」(特殊詐欺)の被害が一向に後を絶たないのである
▼最近は「アポ電」という新手が増えているという。事前に子や孫といった親族を装い、高齢者宅に電話をかけるところまでは従来通り。そこから作り話を信じさせた上で手持ち現金の額や在不在を確認。自宅に押し入る手口だそう。実に荒っぽい。先週はついに殺人事件まで発生した。東京で80歳の女性が襲われたのである。男3人が関与しているらしいが、まだ捕まっていない。周辺では同様の事件が相次いでいたそうだ
▼警察庁によると特殊詐欺の認知件数は2010年以来ほぼ右肩上がり。新手が次々と現れるが、家族を心配する高齢者の愛情を利用する手口は同じだ。詐欺のコツをよく知り、それを逆手に取って成り切りを見破りたい。家族の協力も必要である。いつまでもこんな卑劣な稼業をのさばらせてなるものか。