真っすぐ伸びた茎に紫色の花が幾重にも連なる。本道ではなじみの植物だろう。ラベンダーである。古くから香りで緊張が和らぐと信じられているため、ポプリ(乾燥香料)を部屋に置く人も少なくない
▼SF小説『時をかける少女』(筒井康隆)で、時を超える能力を強めるのに使われたのもラベンダーから抽出した薬だった。そんな話の展開に何の疑問も感じないくらい独特で印象に残る香りがあるということだ。そうしたラベンダーのリラックス効果は、どうやらただの気のせいではなかったらしい。鹿児島大大学院医歯学域医学系の柏谷英樹講師らの研究グループが最近、ラベンダーの香りが不安を軽減する脳の仕組みを解明したのである
▼同大の発表によると香りの主成分「リナロール」が嗅覚を介して脳の中枢神経系に働き掛け、抗不安効果を生み出しているという。マウス実験で確認した。ラベンダーの香りの活用は今まで「民間療法」の域を出なかったが、これで科学のお墨付きを得たことになる。臨床でもこの研究は大いに役立つそうだ。抗不安薬として現在用いられるベンゾジアゼピン系薬剤にはしばしば運動障害がみられるものの、リナロールではそうした現象が起こらない。安全な薬の開発につながるのである
▼なるほど多くの観光客が富良野地域に集まるわけだ。視覚で雄大な風景、嗅覚でリナロールを取り入れれば浮世の不安も解消されるに違いない。「衣装箪笥(ワードローブ)のラベンダの香に目覚めるや」木村聡雄。時は超えられないが、部屋のポプリでも効果は十分である。