横紙破り、ちゃぶ台返し、無理が通れば道理引っ込む―。いろいろな表現ができるがつまりはそういうことである
▼日本統治時代に朝鮮から動員された韓国人元徴用工が新日鉄住金を相手取り損害賠償を求めていた裁判で、韓国の最高裁に当たる大法院はおととい、個人請求権を認める初の判断を下した。1965年の日韓協定で「完全かつ最終的に解決された」問題のはずだが、亡霊が墓場からよみがえったようだ。韓国の大法院も日本の一部の若者と同様、ハロウィーンで暴走してしまったか。そんな皮肉の一つも言いたくなるが冗談で済ましている場合ではない。今回の件は竹島不法占拠やいわゆる「従軍慰安婦」問題とは質が異なる
▼日本企業に深刻な実害が出るのだ。請求権に法的な後ろ盾ができ、強制執行で資産を差し押さえられるかもしれないのである。係争中の多くの裁判もこの判断に則った形で、これから続々と判決が出ることになろう。しかもそれは国同士の約束を無視して行われるのである。夢野久作の短編「約束」が頭に浮かんだ。橋の下で友達と会う約束をした男の話である。大雨で川が増水したのに男は約束だからと逃げず溺れて死ぬ。話を聞いた人が言う。「約束を守るのは悪い事だ」。別の人が諭した。約束は溺れ死ぬことでなく会うことだった。男は目的をはき違えていたのだ
▼65年のあの日、日韓も過去を清算し国交を正常化させるために約束をした。両国が憎しみに溺れ、再び泥沼に陥ることのないよう知恵を絞ったのである。韓国は約束の目的をはき違えてはいないか。