コラム「透視図」

1万円を増刷

2016年04月08日 09時06分

 ▼明治期の啓蒙(けいもう)思想家福沢諭吉は、借金に対してだけは大層な臆病者だったらしい。『福翁自伝』(岩波文庫)でこう語っている。「およそ世の中に何が怖いと言っても、暗殺は別にして、借金ぐらい怖いものはない」。下級士族の家に生まれ、早くに父親を失ったため、幼いころから「貧乏の味をなめ尽くし」たからだという。母親が金の工面や借金で苦労した様子も忘れられなかったようだ。

 ▼そんな自分が紙幣の肖像になるとは想像もしなかったろうが、金銭の大切さが骨身に染みている人だけに、泉下でも文句は言っていないに違いない。ただ今回の財務省の決定には少々驚いたのでないか。2016年度にその1万円札を大幅に増刷するという。実に1億8000万枚、1兆8000億円分である。ここ数年は年間10億5000万枚だったが、本年度は12億3000万枚になる。今出回っている現金の中で、1万円札だけが際立って伸びていることに対応するものだそう。

 ▼いわゆる「たんす預金」として、現金のまま持っている人が増えたとのこと。日銀のマイナス金利で、預金しても利息収入が期待できないことも背景にあるようだ。もっとも福沢も「金は金でしまって置いて、払うときにはその紙幣を計えて渡してやる」主義だったそうだから、ある意味堅実なのかもしれぬ。とはいえ、「持ち運び便利な金庫盗まれる」(『平成川柳傑作選』毎日新聞出版)には用心である。まあ、うなるほどの1万円札を持たない庶民にはしょせん関係ない話だが。


小学校入学式

2016年04月07日 09時28分

 ▼1980年代の漫才ブームを引っ張ったB&Bの島田洋七さんが書いた『佐賀のがばいばあちゃん』(徳間書店)に、小学校の担任との交流を描いた章がある。運動会の日、貧しいため質素な弁当しかない洋七さんの席に先生が来て言ったそうだ。「先生、なんかさっきから腹が痛くてな」。質素な弁当の方が腹にいいから取り換えてくれというのである。ふたを開けてみると、そこには見たこともないようなごちそうがたっぷり。

 ▼余計な気を遣わせない先生の配慮だが、小学生がそれに気付くわけもなく夢中で頬張った。理解できたのは大人になってからだったという。そんな素敵な先生との出会いが待っているといいのだが。きのう、道内の公立小学校で入学式が行われた。札幌市内のある小学校の前を通ったら、色とりどりの真新しいランドセルを背負った新1年生たちが校門にあふれていた。ちらりと表情を眺めてみたが、うれしそうな子もいれば、少し緊張気味の子もいたようだ。

 ▼この春、入学する児童は道内で約4万人。長い学校生活の第一歩である。お子さんやお孫さんらの入学を、わがことのように喜んでいる人も少なくないだろう。『こどもの詩』(文春新書)にこんな詩があった。「わたしは もうすぐいちねんせい 『もうすぐいちねんせいだね』 といわれただけでうれしくなるの」(6歳・女子)。この気持ちが学校生活の途中で苦しみに変わらぬよう、先生はもちろん、親も周りも陰になり日なたになり、子どもたちの健やかな成長を支えねば。


マイカー50年

2016年04月06日 08時53分

 ▼1966年は「マイカー元年」と呼ばれているそうだ。トヨタ自動車がカローラ、日産自動車がサニーの発売を始め、一般家庭の自動車保有台数が急激に伸びるきっかけになった年だという。思い出せば子どものころ、わが家に最初に来た自動車もカローラだった。時代はまさに高度経済成長のさなか。団塊の世代がちょうど購買層に加わってきたことも、売り上げを大きく押し上げる要因になったらしい。

 ▼そのマイカー元年からことしで50年。当時約2500万世帯に対し229万台(自動車検査登録情報協会統計)だった保有台数は、2015年現在、5043万世帯で6051万台(同)に上るという。近年、販売不振や若者の「車離れ」も耳にするが、台数を見ればいまだ自動車大国である。ただ、今は大きな曲がり角に来ているのも事実のようだ。電気や水素で走る自動車の研究が進み、ICTやIOTを使った自動運転・制動技術の開発でもメーカー各社がしのぎを削っている。

 ▼最新技術で悲惨な交通事故が減るならうれしいことだ。過去の出来事にもしもはないが、衝突回避や飲酒検知の装置が全ての車両に装備されていたら、砂川や小樽の飲酒死亡事故は防げたかもしれない。技術の普及に期待はするが、その前にも必要なことがある。一人一人が交通法規とマナーを守ることだ。危険と隣り合わせの状況は今も50年前と変わらない。あすから春の全国交通安全運動が始まる。いま一度運転する自分の手が、足が、凶器になるかもしれないことを自覚したい。


清明

2016年04月05日 08時55分

 ▼世界的数学者岡潔は北大で教えていたこともあったという。1年余りで依願退職しているのだが、その理由を聞けば道産子としては苦笑いするしかない。「札幌の冬はしのぎがたい」からだったそう。自伝『春の草』(日経ビジネス人文庫)で知った。もっとも在職は1941年10月から。戦中のため暖房は十分でなかったはず。建物の防寒性も低かった。大阪出身の氏にとって相当過酷だったに違いない。

 ▼自伝の表題は、子どものころ読んだ少年雑誌に載っていたこんな詩から借りたという。「萌えよ萌えよ春の草 生いよ生いよ野辺の草 新しい夢をはぐくみて 春のいのちをのばせかし」。生命力に満ちあふれた言葉が並ぶ。4月生まれだったそうだから、春への思い入れが人一倍強かったのかもしれない。そう考えると、初めて厳しい札幌の冬を経験したであろう氏に、同情の念も湧いてこようというもの。冬に慣れた道産子であっても、毎年、同様に春を待ちわびているのである。

 ▼きのうから旧暦二十四節気の清明だ。全てのものが清らかで生き生きとするころだが、このところそんなすがすがしい日が続く。日差しが暖かくなってきて、道行く人の表情も心なしか和らいで見える。冬が終わった解放感からか、何か新しいことを始めたい気分になるのも春ならではのこと。『春の草』にこんな一節もあった。「人の心の田に種子を播くと、その種子が芽生えて育つのです」。春は種まきの季節でもある。さて、この春は、わが心の田にどんな種をまいてみようか。


入社式

2016年04月02日 09時30分

 ▼きょうは詩人高村光太郎が泉下に入って、ちょうど60年の日である。光太郎の詩といえば悲しくも美しい「レモン哀歌」がある一方で、行間から激しい感情が表出する「白熊」のような作品もある。彫刻家として出発した彼にとって、詩を書くことは彫刻から無駄なものを取り除くために必要な作業だったらしい。とりわけ有名な詩は「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」で始まる「道程」だろう。

 ▼当日、この詩を思い出した人もいたのでないか。本紙でも伝えているが、多くの会社や官庁できのう1日、入社式、入庁式が開かれた。採用された人にとっては社会に足を踏み出す第一歩、迎え入れる側にとっては新たな仲間との顔合わせである。希望と期待が出会う場と言っていい。「きらきらと輝く種を蒔にけり」(星野立子)。新人たちは良い土壌を得て幹を伸ばし、枝を張り、やがて大きな花を咲かせるに違いない。ただそれまでにはたくさんの失敗やつまずきも経験しよう。

 ▼落語の「道具屋」をご存じだろうか。与太郎が伯父の勧めで仕事を始める噺である。古道具売りを教えられ、往来に出店した与太郎は、のこぎりを火事場で拾ったガラクタと明かしたり、「珍(チン)なるものはないか」と聞かれ、「ネコなら家にいます」と答えたり失敗ばかり。新人を与太郎と一緒にするつもりはないが、先輩や上司がハラハラさせられる事態はこれから度々起こるはず。それでも理解できないと放り出さず、長い目で見て育てたい。彼らの「この長い道程のため」


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