ゾウがどんな動物か知りたいと思い、仲間で連れ立って出掛けていく民話がインドにある。物事を判断する上での教えも含む有名な話のため聞き覚えのある人も多かろう
▼こんな内容である。全員目が不自由だったため、肌に触れた者は「大きな岩のようだ」、尻尾の先をつまんだ者は「ネズミみたいな生き物かな」、足を抱えた者は「いやいやまるで巨木だよ」、耳をつかんだ者は「ずいぶんと薄っぺらい動物だ」。それぞれ自分の意見を主張するばかりで一歩も譲ろうとしない。雰囲気はどんどん険悪になっていく。そこで見かねた通行人がこう助言したそうだ。「あなたたちは皆正しくて間違っている。全員の意見をまとめればいいのさ」
▼最近よくニュースで取り上げられる自衛隊のイラク派遣日報問題を聞いていて、その民話を思い出した。文書管理の不適切さを改善すべきは当然だが、記載された「戦闘」の文言だけつかまえ、人道復興支援活動そのものまで疑問視する論調に違和感を覚えたのである。その論調とは、「非戦闘地域」に派遣したのに「戦闘」があるのはおかしいとの批判。ただ、当時先遣隊長だった佐藤正久参院議員は『文藝春秋』2016年1月号に、自衛隊が仕事をくれないことに怒った住民が宿営地に迫撃砲を撃ち込む事件もあったと寄稿していた
▼つまり戦闘といっても現地の実相は多様。けんかから抗議活動、部族対立までいろいろあったのである。安全な日本にいて「戦闘」の言葉の手触りに頼るだけでは、イラク復興支援という大きなゾウは捉えられないのでないか。