コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 30

自賠責保険値上げ

2022年11月25日 09時00分

 日本の昔話に出てくる道具で、たいていの人が知っている物といえば「打ち出の小づち」も必ず名前が挙がる一つだろう。欲しい物や願い事を唱えながら振ると、それが現れたりかなったりする

 ▼最も有名なのは「一寸法師」の話で語られた小づちでないか。仕えていた京の大臣の娘が鬼に襲われた際、警護に就いていた一寸法師が鬼の体の中に入って大暴れ。慌てて逃げ出した鬼がうっかり落としていったのだった。この小づちを振って一寸法師は背を伸ばし、娘と結婚。金銀財宝も打ち出し、「末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」というわけである。自分の前にも一つ落ちてこないものか。かなわぬ夢だが、どうやら政府はこれを持っているつもりでいるらしい

 ▼全ての自動車に加入の義務がある自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)を、来年度から値上げすることにしたそうだ。交通事故の被害者支援に、一層の力を入れるためだという。積立金や運用益では賄いきれなくなったのだとか。意義ある施策で値上げも最大150円程度。悪い話ではない。と思いきや、話には裏があった。財務省が過去に借り入れた保険の運用益約6000億円をいまだ返済していないのである。鈴木財務相が先日、事実を認め謝罪した

 ▼保険の積立金などは本来8000億円ほどあるが、その75%が消えたのだから苦しいのも当たり前。そこで政府は強制保険を打ち出の小づちに変え、穴埋めしようと考えたのだ。昔話ではよこしまな者が振ると良くないものが出る。まず国民の怒りと不信が飛び出よう。


閣僚の辞任相次ぐ

2022年11月22日 09時00分

 物理学者の寺田寅彦に、1934年3月21日の函館大火を検証した随筆がある。死者2100人、焼損家屋1万棟を超える惨事だった。火は住吉町から北東の方向へ進み、市街地を飲み込んでいったという

 ▼瞬く間に燃え広がり、大きな被害が出たわけを、寺田はこうひもといている。「飛び火のためにあちらこちらと同時に燃え出し、その上に風向旋転のために避難者の見当がつかなかったことなども重要な理由」。〈飛び火〉と〈火事場風〉、二つの要因を端的に指摘していた。飛び火は思ってもいなかった所に延焼の種を運び、火事場で発生する炎を伴ったつむじ風が火勢を強める。大きくなるともう手はつけられない。小さいうちに消し止められるかどうかが運命の分かれ目である

 ▼その伝でいくと岸田政権は今、大火になるかどうかの瀬戸際だろう。閣僚辞任の飛び火が止まらない。いずれも事実上の更迭とみられているが、このわずか1カ月ほどの間に3人もの大臣が職を離れたのだ。どうかしている。旧統一教会との付き合いで山際大志郎前経済再生担当相が先月24日、死刑と自らの仕事を絡めた不適切発言で葉梨康弘前法務相が11日、さらに政治資金の問題で寺田稔前総務相もきのう、辞任した。ただ、これで止まる保証はない

 ▼そもそも消火の指揮を執るべき岸田首相が事態に流され、飛び火を眺めているだけのように見える。ANNの最新世論調査で政権支持率が30.5%に落ちたのも当然か。このままでは火事場風ならぬ解散風が吹き出すかもしれない。そうなるともう手がつけられない。


アルテミス計画

2022年11月21日 09時00分

 ギリシャ神話の中でもひときわ有名な男神といえば、太陽神アポロンだろう。完璧に美しい青年の容貌を持ち、太陽の戦車に乗って天空を縦横無尽に駆け巡ったという

 ▼その言い伝えから命名されたのが、1960年に始まった米国のアポロ計画である。69年の月面着陸成功が印象深い。なぜ月なのにアポロ(太陽)だったのか。実は当初計画は有人宇宙飛行のみで、月着陸は後から付け足されたものだからだそうだ。そこへいくと今度の計画は分かりやすい。人類が再び月を目指す米航空宇宙局(NASA)の国際プロジェクト「アルテミス計画」である。アルテミスはアポロの双子の姉で月の女神だ。カプセル型宇宙船「オリオン」を搭載した「SLS」ロケットが16日、ケネディ宇宙センターから打ち上げられた

 ▼行き先は前と同じ月だが、実現目標は格段に高い。月軌道上に「ゲートウェイ」と呼ばれる宇宙ステーションを建設し、そこを拠点に月面で数週間程度滞在できる環境を整えようというのである。先日始まった第1弾では主に調査と試験を実施。第2弾から有人飛行に移行し、第3弾で飛行士が月面に降り立つ。月に立つのは最短で2025年、ゲートウェイ完成は28年だからそれほど遠い話でもない

 ▼日本も今第1弾から参加している。月面に着陸してデータを集める探査機「OMOTENASHI」で、既にSLSから分離され月に向かっているという。成功すると日本初の月面到達となる。予定だとちょうどきょうが着陸の日なのだが、さて、アルテミスはほほ笑んでくれるのかどうか。


トリックスター

2022年11月18日 09時00分

 ヨーロッパに伝わる民話『ながぐつをはいたねこ』は、ある種痛快な物語である。日本でもほとんどの人が知っているのでないか。貧しい粉ひき職人の三男に唯一遺産として残された猫が、知恵や機転、ときにはうそと脅しも駆使して主人の三男を貴族の侯爵に仕立て上げる話だった

 ▼猫は周到に策を巡らせ、最後には主人がその国の王に気に入られて姫と結婚できるところまでのお膳立てを整える。実に手際がいい。こうした猫のような存在をトリックスターと呼ぶ。正攻法では突破できない壁も、周りを引っかき回し、新たな道を生み出すことで乗り越えていく。物語にはよく登場するが、現実世界にも時々現れては世の中をかき回す。米国のトランプ前大統領はその典型だろう

 ▼2020年の大統領選に敗れてからも本人の勢いは一向に衰えない。どうやらホワイトハウスに帰ってこようともくろんでいるようだ。15日、フロリダ州の自宅前で演説し、2年後の24年大統領選に立候補すると表明したのである。大統領在任中、慣例や常識、外交儀礼にとらわれないトランプ氏は文字通り米国と世界をかき回した。米国第一主義を掲げ国内産業を盛り立てたり、国際秩序を無視する国を押さえ込んだりと、功績がなかったわけではない

 ▼ただ、無駄なあつれきを生み、分断を深めたのも事実。物語は別にして、現実のトリックスターは世の中の空気に押されて登場する場合が多い。当時の米国には、それだけ壁をたたき壊してほしい人が多かったのだろう。壁の向こうにも結局、理想の国はなかったわけだが。


暗号資産大手破綻

2022年11月17日 09時06分

 小説家太宰治に、紙幣が自ら来歴を語る一風変わった短編「貨幣」がある。主人公は「七七八五一号の百円紙幣」。少し年を重ねた女性という設定である

 ▼中にこんな場面があった。新しい紙幣が出て自分の価値が下がったことを嘆き、こう懐かしむのだ。「私の生まれたころには、百円紙幣が、お金の女王で、はじめて私が東京の大銀行の窓口からある人の手に渡された時には、その人の手は少し震えていました」。1946年の作品だが、〝お金は実体があってこそ〟と思っている人はいまだ少なくあるまい。キャッシュレスの取引がずいぶん増えたとはいえ、現金に信頼を置く感覚は、なかなか変わらないものである。だからだろう。こんなニュースを聞くと頭がついていかない

 ▼暗号資産の交換業大手「FTXトレーディング」の経営破綻である。暗号資産とはインターネット上でやりとりできる財産的価値で、支払いや法定通貨との交換に使える。ただ、実体はもちろん価値を裏付ける資産もないという。しかも国や中央銀行が関わっていないため安定もしていないのだ。つまりは当事者同士で価値を認め合っているだけ。はたから見るといわしの頭を信心するのと変わらない。そんなものだから破綻といっても大したことはなかろうと思いきや、負債総額は7兆円に上るそうだ。顧客は世界で百万人。日本人もそれなりにいるらしい

 ▼先の小説では銀行で紙幣を受け取った男は家に帰り、まずそのお金を神棚に上げて拝んだのだった。暗号になろうと「ペイペイ」になろうとその思いは忘れたくない


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