今回は札幌市が事業主体となった道路整備をたどってみる。1967~72年度の6年間に19路線が整備され、工事費(請負費)ベースで85億4500万円を投じた。創成川通のアンダーパス化、豊平川の両岸堤防を活用した豊平川通の築造、市内を循環する環状通の整備もこの時に始まっている。
1972年2月開催の冬季五輪に合わせ、札幌では多くの道路整備が行われた。その計画は、オリンピック村と各競技場を結ぶもの、観客用車両の流れを円滑にするものといった大会用途に限定することなく策定され、道都・札幌の将来を見据えた交通基盤がこのとき生まれている。
地下鉄建設に伴って生まれた、もう一つの地下街が「札幌駅地下商店街」だ。南北線の工事では札幌駅の改良も行われたため、駅に入るステーションデパートの店舗の一部に立ち退きが生じた。その転居先となった同商店街は、ターミナル機能の拡大という役割も担った。1972年2月の冬季五輪には間に合わなかったが、1期工事完了分は同年3月25日に開業している。
地下鉄南北線開業のちょうど1カ月前の1971年11月16日。「ポールタウン」と「オーロラタウン」から成る「札幌地下街」がオープンした。150余りの店舗が入居し、公共通路などを含めると総面積4万㎡を超える“札幌の新しい顔”の誕生だ。国際都市として飛躍するきっかけとなった冬季五輪は3カ月後に迫っていた。
高速軌道南北線(北24条―真駒内間)は、北24条―平岸間の地下部が先行整備され、北3条―北大通間を皮切りに、ほとんどの工区が1969年に発注となった。70年からは高架部の平岸―真駒内間も本格化。71年12月15日の開業に向け急ピッチで進捗(しんちょく)した。