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能登半島地震から半年 被災地の今/第1回 地方被災の教訓、復興の道のり険し

石川県輪島市や珠洲市を中心に多くの人命を奪った能登半島地震の発災から半年。目の前に広がる光景は、北海道が巨大地震や津波に巻き込まれた場合の教訓となる。地方部の復興は果たせるのか―。現地を訪れて現状を探った。(高橋秀一朗、小山龍、3回連載)

建設業者などの奮闘で幹線道路や電気、水道などの社会インフラは機能を取り戻し始めている。だが、沿岸部での大規模な土砂崩落や海岸隆起などにより、所々でいまだ交通はまひしている。漁業をはじめとする地場産業は回復のめどが立っていない。被災家屋の解体は遅々として進まず、現地に残る住民らは疲弊の色を濃くしている。


進まぬ公費解体/人口流出加速の危機感

6月中旬。富山県氷見市から、のと里山海道・能越自動車道を抜け、輪島市街地に着いた。風情があったと思われる瓦屋根の家屋の多くは、全壊または半壊したまま残っていた。

信号機を巻き添えにして横たわるビルが交差点を狭めている。倒壊した家屋が自家用車を押しつぶしている光景も見慣れた。大火のあった輪島港の朝市では、解体のため重機が動いていたが、輪島市全域を見れば発災から半年とは思えないほど手つかずの状況だ。

地震が引き金となった輪島朝市の大火現場、6月19日撮影

地元建設業団体で中心的な役割を担う新出組(輪島)を訪れ、二俣馨専務に話を聞いた。輪島建設協同組合専務理事でもある二俣専務は「市に公費解体の申請は何千件も来ているが、解体可能な段階となったのはわずか70―80件程度」と明かす。

その理由は「申請後、コンサル業者が1軒ずつ図面を起こしに行って積算する。それが全く追い付いていない。コンサル業者の応援が来るとは聞いているが、土地勘がなければ作業速度も上がりにくいだろう」とうつむく。

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