中学や高校の授業で、古文の時間となると決まって睡魔に襲われたという人は少なくないだろう
▼日本語とはいえ千年以上も前の文章となると、見たこともない単語がたくさん出てくるし読み方も違う。主語がないため誰が誰に話しているかも理解できない。全くお手上げである。日本に生まれたからには「源氏物語」や「徒然草」くらい原文のまますらすら読めるようになりたいものだが、どうも望みは薄いようだ。とはいえ古文も意味や背景が分かると面白い。例えば和歌は主に男女のやりとりに妙がある。典型を8世紀後半に編まれた最古の和歌集「万葉集」に見つけた
▼まず大津皇子が石川郎女に向けこう詠んだ。「あしひきの山のしづくに妹待つとわが立ち濡れぬ山のしづくに」。愛する君を待っていたら山の滴に濡れてしまったというのである。受けた郎女はこんな歌を返す。「吾を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを」。あなたを濡らしてしまったその山の滴に私はなりたい。想像すると実に奥ゆかしくいじらしいやりとりだが、最近似たような光景をテレビで見た。秋篠宮家の長女眞子さまと小室圭さんの婚約発表記者会見である
▼相手の印象を問われた場面で、眞子さまは「最初にひかれたのは太陽のような明るい笑顔」とお答えになり、小室さんは「私のことを月のように静かに見守ってくださる存在」と返していた。和歌でこそないものの、この絶妙なやりとりからはお互いが抱く愛情の深さと信頼の強さが豊かに感じられる。古文と違い目の覚める思いがした。