コラム「透視図」

ため池に潜む危険

2021年05月18日 09時00分

 物理学者の寺田寅彦は40代の一時期、油絵に凝っていた。病で寝ているのに飽き、以前かじった絵を再開したのである。最初は家で描いていたが、具合が上向くと写生に出掛けた

 ▼随筆にその風景が残る。「絵の具箱を片付けるころには夕日が傾いて廃墟のみぎわの花すすきは黄金の色に染められた。そこに堆積した土塊のようなものはよく見るとみな石炭であった。ため池の岸には子供が二三人釣りをたれていた」。夕暮れころのゆっくりと流れる時間まで見えるような一文である。この随筆「写生紀行」の発表は1922(大正11)年。ため池は当時も子どもたちの格好の遊び場になっていたようだ。とはいえ一見、楽しい水場に思えるこのため池、落ちて命を落とす人が昔から少なくない

 ▼暖かくなり、また事故が増える季節になってきたらしい。今月9日に香川県丸亀市のため池で釣りに来ていた小1の男の子と33歳の父親が溺れて亡くなった。なぜあの程度の池でと疑問に感じている人もいるのでないか。先の事故を受け、水難学会の斎藤秀俊会長が「YouTube」でその危険性を説明していた。池の斜面角度は30度弱で陸上を歩く分には問題ない。ところが足が水の中に入った途端、泥や藻で滑って一気に深みにはまるそうだ

 ▼はい上がろうとしても、つるつるで岸までのわずか数十cmが進めない。泳ぎのうまさは関係ないのだ。本道にも多くのため池がある。まず近付かないことだが、もし誰かが落ちても助けようと安易に飛び込んではいけない。ロープで引き上げるか、救助を呼ぶかである。


チケットぴあでワクチン予約

2021年05月17日 09時00分

 東日本大震災のとき、何から何まで足りない不自由な避難生活を送る上で思わぬ物が役立ったという。それは赤ちゃんのお尻ふき。箱ティッシュのように1枚ずつ引き出して使う水分を含んだ不織布である

 ▼アベナオミさんの『被災ママに学ぶ ちいさな防災のアイディア40』(学研)に教えられた。安価だが適度な厚みがあり肌に優しい。水が貴重で満足に体も洗えないため、これを使って全身をふいていたそうだ。お尻ふきだから普段はそれ以外の用途に使おうとは思わない。ただし本来の機能を考えれば、別のことに使えるのも当然だった。要は気付いていなかっただけである。非常時にはどんなものでも活用していかねばならないという教訓だろう

 ▼チケット販売大手の「ぴあ」が自社のシステムを、ワクチン接種の予約業務に悩む自治体に提供する。こちらも分野こそ違えど、短期間に集中する大量の予約を的確にさばき、遅滞なく顧客にサービスを届けるノウハウを持つ。接種予約に活用できるわけだ。音楽やスポーツを見るため、「チケットぴあ」を利用した人も多いに違いない。このシステムは1回の予約受け付けに際し、同時に数10万件のアクセスに耐えられるのだとか。道理で「嵐」のライブチケット予約でもシステムが落ちないわけだ

 ▼「ぴあ」の狙いは早くコロナを終わらせイベント環境を整えることだが、願いは誰しも同じ。いわば今も非常時である。お役所仕事で右往左往している場合ではなかろう。お尻ふきのように役立つものがあるなら前例にとらわれず前向きに取り入れたい。


歪んだ正義

2021年05月14日 09時00分

 作家の伊坂幸太郎さんは小説『火星に住むつもりかい?』(光文社文庫)で、歪んだ正義が横行する暗い社会を描いた。犯罪を未然に防ぐため「平和警察」が疑わしい人物を手当たり次第検挙していくのだ

 ▼警察がどんな情報を根拠に動くかというと、世間でうわさされている話や一般の人からの密告。証拠はなくてもいい。つまり〝あいつの態度が気にいらない〟、との理由で罪人にされてしまう例も多いのである。暗い社会を良しとする密告者はこう考える。「この社会を生きていくしかないよね。ルールを守って。正しく。気に入らないなら、国を出ればいい」。フィクションだからと笑ってばかりはいられない。競泳女子の池江璃花子選手に最近起こった悪夢のような出来事も、これとよく似ている

 ▼池江さんが東京五輪への意気込みをSNSに投稿すると、開催に反対する一部の人々から「自分のことしか考えてない」「参加を辞退しろ」「表に出てくるな」と非難するコメントが大量に寄せられたのだ。五輪中止こそ「正義」と信じる者たちがわれらこそルールと、違う立場の池江さんを攻撃したのだろう。愚かで偏狭な態度である。これに池江さんは、気持ちは理解できるが「それを選手個人に当てるのはとても苦しい」と胸の内を吐露していた

 ▼鳥海不二夫東大大学院教授が投稿を分析してみると、いわゆるリベラル系からの非難が多かったそうだ(Yahoo!ニュース個人)。「正義」感の強い人々なのかもしれない。ただその「正義」感こそが暗い社会をもたらすことに気付いた方がいい。


奄美・沖縄が世界遺産に

2021年05月12日 09時00分

 奄美の歌姫と呼ばれる城南海(きずきみなみ)さんが作詞作曲した歌に『祈りうた~トウトガナシ~』がある。奄美民謡特有のこぶし〝グイン〟に乗せて伝えられる島への思いが胸を打つ一曲だ

 ▼こんな一節があった。「くぬ島に生りてぃ くぬ島想てぃ生きゆん うやふじうかげ 忘れぃやならぬ 何時ぬ日も くぬ胸に」。この島を思いながら生きていく。今があるのは先祖のおかげ。忘れてはいけない、と歌う。10日の発表を聞いて喜んでいる地元の皆さんもきっとそんな心境でないか。政府が世界自然遺産として推薦していた「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」(鹿児島県、沖縄県)について、ユネスコの諮問機関が登録を勧告した。7月の世界遺産委員会で正式決定される運びという

 ▼自然と共存しながら暮らしを営んできた先祖の方々と、それをそのまま後世に残そうと取り組んできた現世代の関係者との時代を超えた共同作業の成果だろう。登録されると国内では10年ぶり、5件目になる。対象面積は4万2698ha。温暖多湿な亜熱帯気候の下で常緑広葉樹多雨林が広がる。野性味あふれるのに愛らしいイリオモテヤマネコやアマミノクロウサギは誰もが知っていよう。島で独自進化を遂げたそうした固有種の多いことをユネスコは生物多様性を守る上で国際的に重要と評価した

 ▼先の歌は続く。「今日ぬ誇らしゃ 何時よりも勝り 何時も今日ぬ如に あらち給れ」。いつもきょうのような素晴らしい日でありますように、というのである。世界遺産登録でその願いがかなうといい。


ワクチンの打ち手

2021年05月11日 07時00分

 先週、STVテレビで映画『タイタニック』(1997年、ジェームズ・キャメロン監督)が放送されているのを眺めていて、12年に沈没した客船タイタニックにまつわる実話を思い出した

 ▼ご存じの人も多かろう。船にはもともと乗客乗員を全て収容できる救命ボートが用意されていなかったのである。3500人の定員にボートが1000人分。当日の乗船者は2200人だったものの、それでもまるで足りない。オーナー企業がコストを削ろうとしたためとも、絶対に沈まない自信があったためともいわれる。平時に慣れすぎ、最悪の事態を想定しなくなっていたのだろう。乗客にとってはたまったものではない。本来は失わずに済んだ命だ

 ▼コロナ患者の病床不足に劇的な改善が見られないうちに、今度は切り札ともいえるワクチン接種で深刻な打ち手不足の問題が持ち上がっている。政府は1日100万回接種の目標を掲げるが実現は難しい。救命ボートはあっても、乗り移るはしごが全然足りないのだ。沈没同様、接種も時間との戦い。ところが日本では医師と看護師にしか資格がないため、ワクチンの数が十分でも接種は迅速に進まない。米国は薬剤師が資格を持ち、英国は一般のボランティアが接種できる制度をつくったと聞く。やっと歯科医に協力を求めた日本とは違う

 ▼政治家と医療界が既得権にこだわり、地位に安住するあまり最悪の事態への備えを忘れていたのでは、と考えるのはうがち過ぎか。コロナは海上の絶望的事故ではない。打ち手を増やし一人でも多くの人を救いたいものだ。


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