コラム「透視図」

007が黒人女性に

2019年07月17日 09時00分

 バラク・オバマ氏が黒人として初めて米国大統領(第44代)に就任したのは2009年のことだった。根深い黒人差別の歴史を持つ英米社会にとっては、時代の転換を感じさせるほどの画期的な出来事だったらしい

 ▼実際にはオバマ氏は黒人の父と白人の母から生まれたハーフで奴隷の子孫でもない。それでも肌の黒さに特別な意味を与えてきた社会を揺さぶるには十分だった。心ない中傷をする人も多かったようだ。黒人を差別してきた過去を持たない日本人がそれを生々しく実感するのは難しい。ただそんな日本人もこちらの話には戸惑いを感じるのでないか。史上最も有名な秘密情報部員が黒人女性になるかもしれないというのである

 ▼来年公開予定の映画「007」シリーズ最新作でこのコードネームを黒人女優ラシャーナ・リンチさん演じる新キャラクターが引き継ぐ設定になっているのだとか。ジェームズ・ボンドの相手役の話ではない。時事通信によると、英メディアがおととい一斉に伝えたそうだ。ショーン・コネリー主演で1962年に公開された第1作『007 ドクター・ノオ』から60年近く続くシリーズである。ファンの多さと親近感でいけばきっと世界的にはオバマ氏以上に違いない。もっともボンド役が代わるのでなく、ボンドが引退して空席になった「007」に後釜として入るようだ

 ▼これも黒人の米国大統領が誕生した、世の中から差別をなくしていく流れと全く無縁ではないのだろう。それにしてもあの屈強で色を好む「007」ボンドまで…。一抹の寂しさなしとしない。


北海道の人口減続く

2019年07月13日 09時00分

 時節柄だろう。熱中症対策の話題がちらほら聞こえてくるようになった。本道も来週から夏日の続く地域が増え、いよいよ夏本番といった趣である。命を落とす危険もある脱水症には十分注意したい

 ▼例えば成人男性の場合、体重のおよそ60%が水分。この水分が2%失われるだけで運動能力は低下し、4%を超えると頭痛や目まい、強い疲労感に襲われる。さらに10%以上になるとけいれんが起き、20%で死に至る。ことし1月1日現在の本道人口(外国人除く)が前年に比べ3万9461人も減ったと聞き、脱水症を思い浮かべた次第。お金は社会の血液といわれるが、人はそれより大切な水分だろう。血液も水分がなければ造ることはできない

 ▼総務省が今週発表した人口動態調査によると、本道の人口は前年比0・74%減の526万8352人。減少数は47都道府県の中で最も多かった。分母が違うため一概に比較できないものの、2位の兵庫県と3位の新潟県が共に2万3000人台だから断トツである。出生者は3万2765人いたが死亡者がほぼその倍に上り、転出者も転入者より若干多かったためこの数になった。つまり本道は日本で最も少子高齢化の影響が目に見える地域というわけ。一方で外国人は13・66%増の3万6061人。全国4位の高い伸び率である。ニセコ地域を中心に住む人が増えているようだ

 ▼人口は水分と違い、20%減れば地域が崩壊するというものでもない。ただ確実に元気はなくなろう。赤ちゃんにせよ外国人にせよ新鮮な水をどう入れるか。本道の大きな課題である。


はやぶさ2地下試料採取成功

2019年07月12日 09時00分

 近頃はいろいろな場面でドローンを活用する例が増えている。最も進んでいるのは映像分野だろう。テレビなどでは少し前まではあり得なかった、中低空の視点からの迫力ある風景が見られるようになった。建設工事やインフラ維持での点検、測量といった産業分野への応用も進む

 ▼操縦は適当に飛ばして遊ぶ程度ならさして難しくないが、映像や産業用として使うとなるとやはり一定の知識と熟練の技が必要という。高い操縦能力、正確な空間認識、風や障害物の把握。目視で動きを確認しながら操るドローンにしてこの要件の多さ。とすると、単純に比較はできないものの、小惑星「リュウグウ」から3億㌔離れた地球から「はやぶさ2」をコントロールする難しさは一体どれほどなのか

 ▼JAXAがきのう、リュウグウ内部の物質を採取する2回目のタッチダウン(着地)に挑み、見事成功させた。先の運用で爆破によりあらかじめ飛散させておいた地下の物質を本体に収容したもので、世界初の快挙である。はやぶさ2との通信には往復27分かかる。ただし画像や映像はさらに時間を要するためミッション中は使えない。チームは時差を考慮し、観測数値だけを頼りに頭の中で現地を立体的に再構築。誤差数㌢の精度で直径7㍍の目標に着地させた

 ▼ドローンのように風で飛ばされないことだけが救いか。まさに神業だが実は運が入り込む余地はほとんどない。綿密な計画と科学、そしてチームワークの勝利である。さあ、後は無事に帰ってくるだけ。生命の起源を解き明かすかもしれない試料を抱えて。


ハンセン病訴訟で国は控訴せず

2019年07月11日 09時00分

 雑誌『映画評論』1941年5月号に、当時活躍していた映画監督伊丹万作氏が「映画と癩の問題」と題する一文を寄稿した。「癩」とは今でいうハンセン病のこと

 ▼伊丹監督は患者に焦点を当てたある映画が美しい仕上がりになっているのに不満を持ち、強く批判する。「癩問題に対する唯一の正しい態度は、隔離政策の徹底によって癩を社会的に解決しようとする意志に協力する立場をとる以外にはあり得ない」。そしてこう続けた。「私一個人はやはりそれを見たいと思わないし、そのような題材を劇映画で扱ってもらいたくない」。患者を人の目に触れさせるなということだろう。残酷だがこのころは、間違った隔離政策がまかり通っていたのである。いったん社会に根付いた差別は薄紙を剥がすようにしか消えてくれない

 ▼これもその差別解消の流れを後押しする力となろう。安倍首相が9日、被害を受けたハンセン病の元患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁の判決に、控訴しない意志を表明した。会見で首相は「家族の苦労をこれ以上長引かせるわけにはいかない」と語ったそうだ。法解釈や面目にこだわるより、政治判断で早期救済に乗り出すようかじを切ったわけだ。国としては遅きに失したものの、家族の傷口になお塩を塗り込む事態だけは避けられた

 ▼ハンセン病に限らず世の中に差別は多い。たいていは無知や誤った知識の種が、恐怖や不安といった負の感情に栄養を与えられて大きく育つ。知らぬ間に先の監督のようになっていないか。自分の中の差別の種をいま一度点検したい。


仲邑菫初段公式戦初勝利

2019年07月10日 09時00分

 何度見たか覚えていない、という人も少なくないのでないか。スタジオジブリの長編アニメ映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)のことである。2001年公開だが、いまだに日本映画歴代興行収入第1位の座は奪われていない

 ▼詳しい説明は必要あるまい。神々の食べ物に手を付けた父母をブタに変えられ、名前も奪われて神々が通う「油屋」でこき使われることになった千(千尋)の奮闘を描いた物語である。宮崎監督は解剖学者養老孟司氏との対談(『虫眼とアニ眼』徳間書店)で、この映画の隠れたテーマについてこう語っていた。「一〇歳くらいの子が自分というものを周囲と区別して認識していく。親と自分との違いとか」

 ▼ことし4月、史上最年少10歳で囲碁のプロ棋士になった仲邑菫初段も今まさに親を離れ、自分の道を認識し始めた段階だろう。おととい、デビュー後初の公式戦となる第23期ドコモ杯女流棋聖戦で67歳の田中智恵子四段を破り、初勝利を挙げた。これも最年少記録だという。対局風景を見ると、時折相手をにらむような姿は相変わらず。「眼光紙背に徹す」ではないが、頭の中まで見通すかのごとき集中力である。勝利への執念は完全にプロのそれといっていい。仲邑初段は勝利後の会見で、はにかみながら「うれしい」と一言。言葉こそ短いものの、大海に一人漕ぎ出す誇らしさが見えた

 ▼映画で千は外の世界と切り離され、自分の力で困難を乗り越えるしかなかった。囲碁も盤に向かえば頼れるのは自分だけ。公式戦初勝利のここからが本番である。健闘を祈りたい。


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