江戸元禄期に人気を博した浄瑠璃作家近松門左衛門の「女殺油地獄」に、河内屋の次男与兵衛というならず者が出てくる。23歳になるのにろくに働きもせず、往来を歩いては人に因縁を付けたり、けんかを売ったり。わがままに育ったため思った通りにいかないとすぐにかんしゃくを起こして暴れ出す。ついには近所のおかみさんに借金を頼んだものの断られ、その腹いせに持っていた脇差しで殺してしまうのである。この浄瑠璃は享保6(1721)年5月4日に大阪の天満町で実際にあった油屋女房惨殺事件を近松が取材し、一編の台本に仕立て上げたらしい。『週刊誌記者 近松門左衛門』(文春新書)に教えられた
▼悲しいことにいつの時代にも、協調性を身に付けぬまま大人になり、狂犬のように振る舞う者がいるようだ。ことし6月、東名高速で相手の車を無理やり停車させ、夫婦2人の命を奪う多重事故を引き起こしたとして逮捕された25歳の男のニュースを聞きそのことを考えずにいられなかった。パーキングエリアの出口付近に迷惑駐車していた石橋和歩容疑者が、注意されて腹を立てたのが発端だという。夫婦の車を追い回し危険な目に遭わせた揚げ句、進路をふさいで停止させたため、そこに後続のトラックが突っ込んだ
▼同乗の子ども二人も重軽傷を負った。一人のならず者が仲良し家族の幸せな暮らしを一瞬にして壊してしまったのである。夫婦の無念、子どもたちの寂しさを思うと憤りを禁じえない。与兵衛のように処刑はされないが、ならず者の性根を断つ厳しい処分は必要だ。