▼あす10日から、戦国時代の名将真田幸村の人生を描くNHK大河ドラマ「真田丸」が始まるそうだが、落語にも幸村の戦での計略をオチの仕掛けに使った「真田小僧」がある。父の講釈好きを知る子どもが、父の語る「真田三代記」をこっそり聞き覚えて巧みにまね、まんまと銭を巻き上げる噺だ。教えていないのに子どもは悪いことほどよく覚える。親であれば誰でも「そうそう」とうなずくに違いない。
▼「門前の小僧習わぬ経を読む」の例えもよく聞く。子どもの成長に周辺の環境や身近な人の言動がいかに大事かを伝えるものだろう。指揮者の佐渡裕さんも、同じ考えを持っているようだ。著書『棒を振る人生』(PHP新書)で毎年子どもたちを集めて開催する演奏会に触れ、その意味を記している。大人が「夢中になってよろこんでいる姿を見れば、子どもたちは自然に音楽に興味を持つようになる」。一生懸命になっている大人の姿を、子どもに見せることこそ大切なのだとか。
▼あさって11日は成人の日である。晴れやかな振り袖やスーツの若者たちが街を闊歩(かっぽ)するだろう。まずはおめでとうと言いたい。一方でこの20年、彼らの子ども時代にわれわれ大人たちがどんな一生懸命さを見せることができたのかと考えると、甚だ心もとない。新成人はデフレ期真っただ中で育った。挑戦を避けて縮こまる情けない姿ばかりを見せられてはこなかったか。新成人が悪い例をまねて縮み志向に陥ってしまわないよう、旧成人も今しばらく踏ん張らねばならぬ。