▼このセリフに聞き覚えのある人も多かろう。「ある時は片目の運転手、ある時はインドの魔術師、またある時は大富豪…、しかしてその実体は」。片岡千恵蔵主演の映画「七つの顔の男」多羅尾伴内シリーズの決まり文句である。変装して悪者を倒し後で正体を明かす「実は」の形式だが、原型は歌舞伎の「やつし」にあるという。富澤慶秀氏の『だから歌舞伎はおもしろい』(祥伝社新書)に教えられた。
▼人気商売である歌舞伎が長い歴史を生き抜いてこれたのは、昔も今も人の心をつかんで離さないそんな技を持っていたからだろう。巧みな作劇術である。新年の話題の一つにその年の周年企業があるが、いわゆる長寿企業が幾星霜を乗り越えてこれたのも、歌舞伎同様、多くの人に認められる魅力があったからに違いない。本紙も1月1日付で道内に本社を置く建設関連の周年企業を伝えている。最高は120周年だそう。その数字が映し出しているのは、地域や顧客との信頼関係だ。
▼資本主義が高度化した今の社会で、企業を同じ形のまま維持するのは難しい。最近相次いでそのことを考えさせられる報に触れた。政府系ファンド産業革新機構が東芝に白物家電事業の買収を提案しているという。シャープの家電事業との統合を見据えた動きだ。パソコン事業では東芝と富士通、ソニーから分社したVAIOが統合に向かうらしい。昔の名前は今いずこ、となるのかもしれぬ。見知らぬ会社名が出てきたと思ったら「実は」。そんなことが当たり前の世の中ではある。