▼平安期の歌人大納言公任に、「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ」(『拾遺集』)の歌がある。百人一首にも選ばれているからご存じの方も多いだろう。滝の音が聞こえなくなって随分たつのに、名声はいまだ消えずに語り継がれている、との感慨を三十一文字で表現した。公任は歌人としての志、後世にまで残る秀でた作品をものにしたいという思いを滝の音に重ねたらしい。
▼名声なら語り継がれてもいいが、消えてほしいのに残って困るものもある。福島県に対する風評被害もその一つ。消費者庁が10日公表した「食品中の放射性物質等に関する意識調査」(2016年2月)を見ても、福島産は危険との認識はまだ根強いようだ。例えば「放射性物質の含まれていない食品を買いたい」と回答した人で、福島産の購入をためらう人が16%近くいた。0%は無理としても、基準値以下の食品しか市場に出ない仕組みがある今、もっと小さい数字になっていい。
▼福島県で食品関連産業に携わる人々は、悔しさをかみしめているに違いない。福島第1原発が水素爆発してからきょうで5年。事故で苦しめられ、その上、風評被害である。産地間競争や輸入品との戦いもあるというのに、これでは復興も絵に描いた餅だろう。残念なことに、安全のためと称して危険をあおる一部メディアや識者も風評の固定に一役買っているようだ。モモ、ナシ、ズワイガニ。うまい物の産地としての名声がいつまでも語り継がれることこそ福島県にはふさわしい。