シェイクスピアの戯曲「ヴェニスの商人」の舞台となったイタリアのベネチアは「水の都」として知られている。運河が街を縦横に走り、水と生活が密接に結び付いているからである
▼それだけに日本では考えられない水との独特な付き合い方もあるようだ。例えば「アクアアルタ」。異常潮位で年に数十回、街が膝の高さまで浸水する自然現象なのだが、市民は長靴を履く程度で普段と変わりなく過ごすのだという。めったに起きない出来事であれば慌て驚きもしよう。ただそれが日常となると街も設備も人の意識も根本から変わらざるを得ない。ベネチアの例は異常を日常の中に組み込みながら賢く暮らすすべを教える
▼性質や深刻度は違うとはいえ、ここには津波への対処という点で日本人も学ぶべきところがあるのではないか。そう考えさせられたのは、南海トラフ地震の復興費用が東日本大震災の32兆円を大きく上回る160兆円余りに上るとのニュースを聞いたからである。NHKが11日、伝えていた。永松伸吾関西大教授と宮崎毅九州大准教授が東日本大震災と同じ手法で復興を進めた場合の費用を試算したものという。これだけ膨大では財政が持たない。永松教授らはハード面を中心とする復興の限界を指摘していた
▼発想の転換が求められているわけだが、さてどうするか。少なくともベネチア市民のような災害と同居する心構えや備え、減災のための事前のインフラ整備、この二つは必要だろう。南海トラフ地震は30年以内に発生する確率が高い。事後の復興のためには今が肝心なのである。