▼古典のことはさっぱりわからぬという人も、この冒頭の一節には聞き覚えがあろう。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし」。平安から鎌倉時代にかけて生きた歌人鴨長明の随筆『方丈記』である。和歌と琵琶の名手として知られ、後鳥羽上皇にも認められたものの出世できず、50歳ごろから閑居を始めたとされる。
▼きょう26日がその長明の没後800年の日であるらしい。あらためて『方丈記』を開いてみたのだが、優れた文学とはこういうものだろう、時代を超え真っすぐ今に訴えかけてくるものがあった。主題はご存じの通り「無常」である。『広辞苑』(第三版)を引くと「一切の物は生滅・転変して常住でないこと。人生のはかないこと」とある。文字になるといまひとつピンとはこないものの、一定の年齢に達した日本人であれば、あえて意識せずとも心身に備わっている感覚でないか。
▼地震や水害など災害時に被災者らが秩序を失わず振る舞えるのも、そんな無常感が根底にあるからだろう。外国からは不思議に見えるのか必ず称賛の声も聞かれる。宗教学者山折哲雄が『日本文明とは何か』(角川ソフィア文庫)で、この無常は「文明の衝突」による世界の紛争を解決する重要な鍵になると書いていた。運命に逆らわず非暴力で、対立を飲み込む思想が第3の道を開くのだという。いつか無常で世界のテロが収まり、こう言えるといい。「平和のながれは絶えずして」