▼この口上を聞くと、どこかとぼけているが温かいあの笑顔を思い出さないわけにはいかない。「私、生れも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯使いました根っからの江戸っ子」。ご存じ松竹映画『男はつらいよ』の「寅さん」である。物語の中の人物だが、26年も続くシリーズともなれば、もし横町ですれ違ったとしても違和感はなかったろう。つらいときに元気をもらった人も、少なくないのではないか。
▼寅さんがいなくなって21年。その間も下町を拠点に大活躍していた葛飾のもう一人の人気者が最近、舞台を降りた。漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」で連載していた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(作・秋本治)の「両津勘吉」こと「両さん」である。1976年から17日発売号の最終話まで40年、一度の休載もなく続いてきた。突然の終了には驚いたが、作者によれば「不真面目でいい加減な両さんが40年間休まず勤務したので、この辺で有給休暇を与え」ようと思ったとのこと。
▼人並み外れた悪知恵と体力を持つ両さんが巻き起こす事件に、どれだけ笑わせてもらったことか。時折ある人情話も魅力の一つ。中でも両さんの子ども時代、女性臨時教員の見送りに東電千住火発の巨大煙突から感謝の垂れ幕を掲げる「おばけ煙突が消えた日」(89年)は名作だった。寅さん、そして両さん、常に元気をくれた下町のヒーローが去っていくのは寂しい。愛すべき不完全な人間と、それを包み込む世間のおおらかな雰囲気や下町の人情まで、どこかに消えていくようで。