メキシコの激烈な麻薬戦争を題材にしたミステリー作品にドン・ウィンズロウの『犬の力』(角川文庫)がある
▼人の命に露ほどの敬意も払わぬ残酷な殺し合いの描写に読むのが苦しくなり、何度ページをめくる手が止まったか分からない。麻薬組織は子どもでも老人でも情け容赦なく殺す。取引の邪魔になるからだけでなく、気分次第で簡単に命を奪う。ただの作り話ではないらしい。どうやらそれが現実のようだ。麻薬は売り手に金、買い手に快楽をもたらす。どちらも人を狂わせるものだ。まん延すれば社会は安定を失う。同じ麻薬問題の深刻化に悩むフィリピンでは、解決に意欲を燃やすロドリゴ・ドゥテルテ氏に国民は全てを託した
▼5月の大統領選で「麻薬関係者10万人を殺害する」とまるで犯罪小説のような公約を掲げて圧勝したのである。公約は実行に移され、就任後3カ月で約3000人を殺害したそうだ。国民の多くは「英雄」とたたえているらしい。ただ国際的には、やり過ぎとの声も多い。つい先日も自らの「麻薬撲滅戦争」をアドルフ・ヒトラーのユダヤ人虐殺になぞらえ、数百万人の中毒者を「喜んで虐殺する」と発言し非難を浴びた。口うるさい米国に対してはオバマ大統領を名指しし、「地獄に落ちろ」と言う始末。いやはや
▼とはいえ中東で過激派などの掃討を進める欧米も似たようなことをしていないか。その国にはその国なりの理があろう。自国が麻薬で荒れ果てるのは見たくないはず。氏の暴言や国際関係を雑に扱う態度はいただけないが、真意は見定めたい。