アイヌ民話に、狩りをするたびカラスに肉を分けていた善良な男の話「カラスの恩返し」(すずさわ書店『炎の馬』)がある
▼その性格の良さから男は悪い女神にほれられ、山に閉じ込められてしまうのだが、世話になっていたカラスが男を救い出す。民話は教える。狩りに行っても全部を自分のものにはせず、これはカラスの分、あれはキツネの分と、「他の生き物のことも忘れないようにするといいことがある」。同じ土地に住む者同士、仲良く暮らしていくために、お互いを気遣い合おうということだろう。そう簡単でないのは重々承知しているが、北方領土問題も何とかそうできないものか。これもその一歩になればいいのだが
▼北方四島の元住民でつくる千島歯舞諸島居住者連盟の脇紀美夫理事長が10月31日に首相官邸を訪れた際、政府方針で交渉がまとまるならその結果を理解すると記者団に述べたそうだ。政府方針とは平和条約締結にあたり、事実上四島一括返還にはこだわらないということである。元島民の方々にすれば、故郷を分断する可能性の高い方針を認めるのは断腸の思いだったろう。道内にはこれまで分割論や二島先行論を表立って主張するのがはばかられる風潮もあった
▼ただ、戦後70年以上たって国際情勢は変わった。社会主義国ソ連が崩壊してからも、もう25年である。「現実を考えると」の文言が妥協を示すものでなく、前向き思考にさえ感じられる昨今だ。さて来月は日本で日露首脳会談がある。安倍首相もプーチン大統領も「善良な男」なら、いいことがあるかも。