昭和を代表する作詞家の一人である阿久悠はかつて、マスコミのニュース報道に抜けていることとしてこんな指摘をしていた
▼「気分とか感性、もっといい言い方をすれば〈時代の風〉のようなもの、これは正確には記録されていない」(『ただ時の過ぎゆかぬように』岩波書店)。起きた出来事そのものよりも、それが人々の心にどんな波紋を広げ、社会に影響を与えていくかの方がよっぽど大事だというのである。〈時代の風〉を的確につかみ、「勝手にしやがれ」「UFO」など数々のヒット曲を通してそれを伝えてきた氏ならではの主張ではないか。実際、派手な上っ面にばかり気を取られ、肝心の本質を捉え損なっている例は案外多いものだ
▼さて、歌ではないが、こちらも〈時代の風〉を教えてくれるものの一つだろう。日本漢字能力検定協会恒例の「今年の漢字」である。選ばれたのは「金」だった。リオデジャネイロ五輪での日本の金メダルラッシュや、政治と金の問題の続出がその理由だという。謎掛けではないが、しばし「そのこころ」を考えてみる。すると前者の「金」からは世界と互角に渡り合う日本の力強い若者の姿が、一方で後者の「金」からは今も変わらず裏取引を繰り広げる旧態依然たる政界の面々の顔が目に浮かんできた
▼新しい価値観と古い価値観。いわば真逆のものが同じ「金」一文字に込められたわけで、何とも皮肉というほかない。多分、この新旧対立や世代交代の動きこそが、〈時代の風〉なのだろう。押しとどめることはできない。乗るか、飛ばされるか。