文豪トルストイに貧しい農民の話がある。その男は働き者だが土地を持っていないため、いくら頑張っても貧乏なまま。ある日、夢のような噂を聞く。太陽が沈むまでに三角形で囲えた分だけ土地が手に入るというのだ。男は勇んで出掛けた
▼歩いて囲み始めると欲が出て各辺の距離は伸びる。日没は間近。必死に走りぎりぎり間に合ったが、そこで命尽きた。最終的には、2mの土地があれば十分だったというわけ。つまり埋葬する穴の分だけ。トルストイらしい辛辣(しんらつ)な結末である。この男を愚かと見るのは簡単だが、目の前で財産が増えていくのを目の当りにしたら、どれだけの人が冷静でいられるだろう。どこかで自分に「もう十分」とブレーキをかけられるだろうか
▼最近、国際NGO「オックスファム」が出した報告書に触れ、そんなことを考えさせられた。発表によると「世界で最も豊かな8人が、世界の貧しい半分の36億人に匹敵する資産を所有している」ことが明らかになったそうだ。一代で事業を築いた人も多い。8人が殊更欲張りなわけではないのだろう。ただこれだけの格差を生む今の経済システムは、相当にゆがんでいる。特に米国はもうけることに際限なく甘い風潮もある
▼トランプ米大統領が早速メキシコ国境に壁を造る大統領令に署名するという。移民やテロへの対処を最重要に位置付ける新大統領だが、この世界的な格差拡大が、泥沼化するそれらの問題の根にあることをご存じだろうか。米国の富の囲い込みに忙し過ぎて気付いていないのではと心配である。