社会の中で不当な立場に置かれた人間の苦悩を小説で表現し続けた島崎藤村だが、若いころは主にロマン主義の詩人として作品を発表していた
▼「初恋」を覚えている人も多いのではないか。リンゴの木の下で逢瀬(おうせ)を重ねた思い出を描いた甘酸っぱく感傷的な詩である。最後のこんな一節が印象深い。「林檎畑の樹の下に/おのづからなる細道は/誰が踏みそめしかたみぞと/問ひたまふこそこひしけれ」。お互いの募る思いがリンゴの木に足を向かわせ、自然とできた踏み跡はいつか道に変わっていく。人の強い願いがどれだけ大きな力を持つかを示すような詩でもある
▼方向は違えど考えてみると、鉄道という交通網もそんな人の願いが集まってできたものではないか。本道ではまず開拓者たちが血と汗を流しながら生活や産業をつくり上げ、それを維持発展させるため各地をつなぐ鉄路を求めた。もちろん敷設は計画に沿ったものだが、本道隅々に広がるのはおのずから決まっていたと言っていい。きょうは国鉄分割民営化からちょうど30年。鉄路に思いをはせるにはぴったりの日である。JR北海道も30歳だ。20代最後の年は新幹線開業のうれしい話題もあったが、年末の発表にはがっかりさせられた。何せ路線の半分がJR北単独での維持が困難だというのである
▼本道ではこの30年、高速道路は伸び空路も充実した。バス転換も進んでいる。鉄路の衰退もまた「おのずから」なのかもしれぬ。今は時代に合った将来の交通体系をしっかり見極める局面だろう。当分、生みの苦しみが続く。