米国のファンタジー作家ル=グウィンの連作長編に『ゲド戦記』(岩波書店)がある。これを下敷きにしたジブリ映画の方をご存じの人もいよう
▼第1巻「影との戦い」では主人公の魔法使いゲドが若いころ犯した過ちと、そこから立ち直るための戦いが語られる。ゲドは自分には強大な力があると思い上がり、誤って死の国から世界の秩序を壊す「影」を呼び出してしまうのだ。ゲドにできるのは逃げ回ることだけ。実は「影」とは、自分自身の醜い分身だったのである。逃げるとどんどん大きくなるが、立ち向かって正面から光を当てると力を失う。苦難の末、やっとそのことに気付いたゲドは、「影」をも受け入れて生きることを学んでいく
▼きのう、韓国大統領選で文在寅氏が当選したとの報を聞き、この物語を思い出した。というのも反朴槿恵政権、反日、親北朝鮮と、文氏も多くの「影」を引きずって船出するからである。今はそれらを背にしていられるが、これからは対峙(たいじ)せねばならない。韓国政治史上初めて罷免された前大統領の後を受ける革新派の指導者として、期待はいやが上にも高まっている。中でも財閥と政治の癒着解消や既得権益の打破、若者の雇用創出を熱望する国民の姿には、鬼気迫るものがあるらしい
▼気になるのはこれらの課題が暗礁に乗り上げたときのことである。自らの失政を反日という「影」に移し変え、さらに事態をあおることで国民の目をそらそうとしてきた大統領を、これまで一体何人見てきたか。文氏にはそんな旧弊をも革新してもらいたい。