人の理解力というのも案外あやふやなものであるらしい。こんな話がある。自閉症の子どもを持つ親がいろいろ治療法を試した末、わが子は食事療法で治ったと考えた
▼ただそれは統計的にも医学的にもありえない。ではなぜそう信じたのか。この治療法が良いと聞き、試したときに偶然症状が改善したからである。人は期待していた出来事が起こると、たとえそれが誤りでも正しい答えを見つけたと思い込むという。米国の心理学者が書いた『錯覚の科学』(文芸春秋)に教えられた。著者はこう注意を促す。「圧倒的な科学的証拠や統計値も、たった一人の個人的体験がもつ絶大な影響力にはかなわない」。知識や知能に関係なく、人は誰でも見たいものを見せてくれる物語の方に引っ張られる傾向があるのだとか
▼そんな夢物語で病気に苦しむ人を錯覚させ、暴利をむさぼろうとしたのだろう。医師ら6人が、破綻した「民間バンク」から流出したさい帯血で違法再生医療を行い逮捕された事件のことである。がんや美容に効くとの触れ込みで患者を集め、数百万円の医療費を請求していたらしい。ところが有効性や安全性には根拠がなく、国への届け出もしていなかった。いわゆる「えせ医療」である
▼医師に「治る」と言われれば悩んでいる人ほど信じてしまう。そこに付け込まれたわけだが、問題は「えせ」に身も心も捧げているうち標準治療を受ける金も時間も失ってしまうこと。人を錯覚に陥れるうその夢物語をはびこらせないためにも、国は「えせ」撲滅のための法整備を急いだ方がいい。