ここ1年で現金を使う機会がずいぶんと減った。財布には千円札1枚と小銭だけ、という日も最近は少なくない。電子マネーで事足りるからである
▼キャッシュレス社会など別世界の話と思っていたが、使い始めると至って便利。気づけばその世界の住民になっていた。財布代わりのカードはかさばらないし、スマホはいつも持ち歩いている。決済は一瞬のため支払いでもたもたせず、履歴も残るから安心というわけ。作家の小松左京が短編で完全なキャッシュレス社会を描いている。その一コマ。上司が部下に「数字と、唐草模様と、それにひげのはえた人物の肖像画が印刷」された紙片を見せると、部下は「それ―いったい何です?」。紙幣は流通していないため忘れられているのだ
▼現実もそんな社会に近付いているらしい。5年後には国民の紙幣に対する意識もさらに変化していよう。麻生財務相がきのう、2024年度の上半期をめどに紙幣のデザインを一新すると発表した。偽造防止が主な理由という。対象は一万円札、五千円札、千円札の3種類。新しい肖像は一万円札が日本の資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一、五千円札が女子教育の礎を築いた津田塾大学創始者津田梅子、千円札が破傷風の治療法を開発した北里柴三郎だそう。いずれもそれぞれの道を究めた立派な人物である
▼ただ偉人たちには申し訳ないが、もしかするとキャッシュレス社会の急激な進展で、ご登場願うころには活躍の場がかなり狭まっているかもしれない。紙幣のことは忘れても、業績は忘れていませんのであしからず。