アイヌ文化の伝承と研究に一生をささげた萱野茂氏がまとめたアイヌ民話集『炎の馬』(すずさわ書店)に、「ユカラを聞きたいクマ」という話があった。長らく山奥に暮らしていた一匹のクマが自分の身に起こったことを語るのである。アイヌ民話はこうした主人公による独白形式が多い
▼クマはこう語り始める。「ある日のこと、人間の住んでいる里へ行ってみたくなり、ゆっくりゆっくり山を降りて来ました」。クマは人里へ遊びに行ってみたかったのである。なぜかというとそこでは「神の国でも食べたことのない」おいしいだんごや菓子、干し魚、山菜、酒をたっぷりと飲み食いさせてくれるから
▼最近も同じかもしれない。札幌をはじめ北広島、江別の住宅街でヒグマの出没する例が後を絶たない。住宅街には「山では食べたことのない」おいしくてカロリーも高い備蓄食材や残飯、畑作物がたくさんある。果実やドングリ、小動物をちまちま探して歩くより効率がいい。きっと神に戻った気分だろう。藤野に居座っていた個体は駆除されたものの、小別沢や清田、江別市森林公園内、北広島市西の里とその後も目撃、食痕の情報は枚挙にいとまがない。当社「e―kensin」のクマ情報マップを見てもその多さは一目瞭然だ
▼通常は木の実の豊富な秋には山から出ないとされるが近頃は様子がおかしい。推計に反して増え過ぎていないか、個体数の把握にも本腰を入れるべきでないか。先の民話で歓迎の宴が開かれるのはクマを眠らせ(殺し)てからである。そんな事態はできるだけ避けたい。