アクション映画の制作に欠かせない特殊撮影技法といえば「ワイヤーワーク」だろう。演技者の体に金属や特殊繊維のワイヤーをつなぎ、離れた所から引っ張ることで人間業とは思えない動きを演出。常人をはるかに超える身体能力で、飛んだり跳ねたりしているように観客には見える
▼ハリウッド映画なら、人間と仮想現実を支配するコンピューターとの死闘を描いた『マトリックス』の戦闘シーンが分かりやすい。われわれ年配世代になじみ深いのはワイヤーワークの元祖ともいえる香港のカンフー映画である。まだ仕掛けを知らなかった昔、ヒーローたちは厳しい鍛錬を長年積み重ねてあの人間離れした体術を会得したものと信じていた。制作側にしてみれば何と素直で良い客だったことか
▼今は身体能力を高く見せる効果を出すのに、そんな大掛かりなワイヤーワークを持ち出すまでもないようだ。もっと手間のかからない簡単な方法が使えるのである。どうやらつまみをちょちょいとひねればいいらしい。TBSが8月に放送した娯楽ドキュメンタリー『消えた天才』で、当時12歳の少年の投球映像をひそかに2割ほど早回しし、視聴者をだましていたそうだ。動機はリトルリーグの全国大会で完全試合を達成したすごさを表現するため
▼見ている方は本物を伝える番組にうそが混ぜ込まれているなど考えもしない。TBSにしてみれば単純で良い客だったに違いない。放送倫理・番組向上機構はこの番組の審議入りを決めた。落ちた信頼ばかりは、ちょちょいと回復というわけにはいかないのである。