日本人が幸福を感じにくい民族であることはよくご存じだろう。先月公表された国連の2020年版「世界幸福度ランキング」でも153カ国中62位と、いつもながら先進国としては低位に甘んじていた
▼豊かな経済や高度な民主主義の下で暮らしているのに一体どうしたわけか。その辺の事情について脳科学者の中野信子さんは、日本には「幸福度が高いことが生存に不利になる可能性」があったのではと指摘する。近著『空気を読む脳』(講談社)に教えられた。自然災害の多い国に楽観や緩い空気は禁物だったのかもしれない。ただ、中野さんはむしろこの精神性を有利と見る。「ネガティブな未来を感じる力」が「あらゆる不測の事態に対する準備を私たちにさせて、より生き延びる確度を上げる」というのだ
▼日本で新型コロナウイルスが海外のように感染爆発を起こしていないのも「未来を感じる力」のおかげなのでないか。感染者数こそ増えているものの、死者は85人(9日現在)にとどまっている。小学生の時、給食の前に「せっけんで手を洗おう~」の歌とともに手洗いしたのを覚えている人も多いに違いない。われわれはただ水で流すのでなく、せっけんを付けて隅まできれいにする教育を受けて育ったのである
▼高温多湿で食中毒が発生しやすいため国を挙げて取り組んだとも聞く。やはり恐れの心理が衛生的な習慣を生んだのだ。中野さんは「日本人は不安を力に変える」能力があるとする。ならばこの際、幸福度はひとまず脇に置いて、ウイルス撲滅のため不安を武器にするとしよう。