日本人は古来、虫の姿や鳴き声に風情を感じてきた。清少納言が『枕草子』に「虫は、すずむし。ひぐらし。てふ。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひをむし。蛍」と一つ一つ名を挙げ、めでていたくらいである
▼一方で体の中には別種の虫が住んでいると考えていたようだ。「虫の居所が悪い」というあれである。虫が感情を刺激するため、虫が好かなかったり、腹の虫が治まらなかったりするわけである。この虫、活動を始めたことに本人も気付かないし、ましてや外からは全く見えないから始末が悪い。仏文学者の河盛好蔵も著書『人とつき合う法』(新潮社)で、人間同士のつき合いの中でも「〝虫のイドコロ〟というヤツがいちばん厄介で、あつかいにくい」と嘆いていた
▼今、日本中でそんな虫の居所の悪い人が増えているように見える。あながち気のせいでもあるまい。新型コロナウイルスのせいで外出や業務が制限されたり、必要なマスクや消毒液が手に入りにくくなっているからだろう。最近は「自粛警察」なる言葉もあるそうだ。〝人と人との接触8割減〟にこだわるあまり、守っていないとみると怒り出す人が少なくないのだとか。「この時期に店を開けているなんて」「子どもを公園で遊ばせるな」といった具合
▼一緒にいる時間が長いため夫婦や親子のけんか、家庭内暴力も目立つという。どうやら新型コロナには腹の虫に取り付いて人や社会を破壊する性質もあるらしい。体だけでなく虫の居所まで心配せねばならないとは憎いウイルスである。早く虫の息にしてやりたい。