物理学者寺田寅彦の随筆「野球時代」を読むと、昭和初期のころ、庶民がいかに野球に熱中していたかをうかがい知れて面白い。寅彦は日常の風景をそのまま記している
▼二人の女の子がラジオで野球中継を聞いていたそうだ。「わかるのか」と尋ねると、「そうねえ」とよくは分かっていない様子。そこで寅彦はこう考えるのだ。「とにかくこの放送を聞くことは現代に生きる事の一つの要件であるかもしれない」。投げて打って走って、点が入る。よくは分からなくとも、ひいきにしているチームの調子が良ければそれだけで幸せな気分になれる。昔も今も変わらぬ野球の魅力だろう
▼そんなゲームを見たり聞いたりする毎日を「生きる事の一つの要件」にしているファンにとっては待ちに待った日に違いない。プロ野球12球団が新型コロナウイルス感染拡大のため見合わせていたセ・パ両リーグの公式戦を、19日に開幕すると決めた。当初予定されていたのが3月20日だからほぼ3カ月遅れのスタートである。応援ユニフォームやメガホンを引っ張り出し、いつでも来いと準備を整えている人もいるのでないか。心は既に球場へ飛んでいよう。ただ、残念ながら体は家にとどめておいてもらわねばならない。当面は無観客試合になるからである。きのうも選手から感染者が出た。そんな現状では慎重になるのも当然だ
▼かつて正岡子規は「うちあぐるボールは高く雲に入りて又落ち来る人の手の中に」と歌った。そんな絵になるプレーを球場で実際目にするのは、もう少し先の楽しみにとっておくしかない。