生活に根ざした俳句を数多く生み出した俳人石田波郷に、身近な魚を題材にした一句がある。「風の日は風吹きすさぶ秋刀魚の値」。高かったか安かったかまでは触れられていない。ただ、しけのため店頭で高値が付いたサンマを眺めながら、買おうか買うまいか思案している波郷の姿が思い浮かぶ
▼こちらはしけのせいではないようだが、今期冒頭のサンマ漁も著しい不漁である。初水揚げがわずか197匹だった。釧路市の市場で15日、全国でことし初めての競りが行われ、付いた値段が高いもので1キロ当たり税抜き3万8000円。店頭では1匹5980円で売られたという。高級本マグロの大トロだってこんなに高くはない。普段は控えめなサンマも、この日ばかりはトロ箱の中で「どや顔」をしていたかもしれない
▼それにしても近年のこの不漁はどうしたことか。原因として近隣国の乱獲による資源量の急減や海水温の上昇による来遊点の変化などが指摘されているが、はっきりとは分かっていない。何にせよ庶民の食卓から遠ざかっていくのは寂しいものである。サンマを食べたくて仕方がない殿様のために家来が東奔西走する落語「目黒のさんま」も、サンマは下々の者が食べる魚との前提があるからこそ成立する。それが1匹6000円では噺にならない
▼とはいえサンマ漁はまだ始まったばかり。これから秋にかけて小型船から大型船へ、流し網から棒受け網へと漁法を変えながら南下していく。「秋刀魚船銀のしぶきを運び来し」目黒穎子。気軽に食べられるよう、そう願いたいものだ。