荒々しい大地にエスキモー、ホッキョクグマ、オーロラ―。北米アラスカの自然を撮り続けた写真家の星野道夫さんは、かつて世界の多様性と心の豊かさについてこんなことを語っていた
▼「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい」(『旅をする木』文藝春秋)。われわれは日頃、仕事や家事、雑事に追われて暮らしている。当たり前すぎて追われていることにも気付かないほどだ。そんな中で、例えば自分が生きている同じ時代にホッキョクグマがのっしのっしと歩いている事実を意識できたとしたらどうだろう。少しほっとするような、豊かな気持ちになるのでないか
▼そう問い掛けていた星野さんがもし今も生きていれば、このニュースを聞いてがっかりしたに違いない。2100年までに、ホッキョクグマはほぼ絶滅するとの論文が発表されたという。先週、英科学誌ネイチャー・クライメート・チェンジに掲載されたそうだ。AFP時事が伝えていた。気候変動の影響で海氷が減り、餌のアザラシを狩れる時間が確保できなくなっているのが主な原因らしい。ホッキョクグマといえども泳ぎ続けてばかりはいられないのだ
▼これまでも絶滅の危機は叫ばれていたが、期限を明らかにした研究は今回が初めてという。ホッキョクグマがいなくなると一つの時間が永久に消える。地球からまた少し多様性が失われるわけだ。心の豊かさは言うに及ばず。