歴史小説家の司馬遼太郎が戦前の日本を独特な言い回しで表現していた。魔法使いがつえをたたき、日本という国の森全体を魔法の森に変えてしまったというのである。それくらい異質な世界が突如現れたということらしい
▼「国というものを博打場の賭けの対象にするひとびとがいました。そういう滑稽な意味での勇ましい人間ほど、愛国者を気取っていた」。『「昭和」という国家』(NHK出版)に書いていた。魔法のつえとは何だったのか。司馬さんはそれを、全てを超越する権力の「統帥権」とみた。愛国者を気取った軍のエリートと統帥権が結びついた結果、独善の暴走が始まったのである
▼ミャンマー国軍が先月起こしたクーデターも似たようなものだろう。首謀者のミン・アウン・フライン総司令官は民主派が大勝利を収めた昨年11月のミャンマー連邦議会選挙に不正があったと主張し、国の守護者たるわれら軍隊が間違いを正さねばならぬと強権を発動。問答無用で全土を国軍の支配下に置いた。それから約2カ月。抗議デモはやまず、軍の弾圧は増す一方だ。27日の国軍記念日に合わせた大規模デモでは1日に110人以上の死者が出たという。犠牲者は既に420人を超えている
▼司馬さんは記す。「革命政権というものは自分のイデオロギーを頼ります。後から来たイデオロギーは非常にいかがわしいものだとか、敵のイデオロギーだとする」。フライン総司令官にとっては民主化が敵だったに違いない。国民にとっては法を破り、同胞を殺す者が敵か味方か。答えははっきりしている。