映画『ハウルの動く城』(スタジオジブリ、宮崎駿監督)では主人公のソフィーが荒れ地の魔女に魔法をかけられ老婆になってしまう。魔法使いハウルが解こうとするができない。いろいろ試した末にハウルはやっと気付くのである
▼単純に見えて実はとても複雑な魔法だったのだ。D・W・ジョーンズの原作から、ハウルがソフィーに掛けた言葉を引く。「だってそうだろう。あんた、自分の力も使ってるんだよ」。ソフィーは自分が役に立たない人間だと思い込んでいたため、自ら〝自分には老婆がふさわしい〟と魔法の効果を高めていたのだった。人が詐欺に遭うときの心理もこれとよく似ている。自分だけはだまされるはずがないとの思い込みが〝うまい話〟への警戒感を弱め、詐欺師に強い力を与えるのだ
▼長崎住吉郵便局(長崎市)で2019年まで局長を務めていた60歳代の男性が50人の顧客に有利な資金運用を持ち掛け、10億円をだまし取っていたという。顧客は皆、喜んで預けていたに違いない。「利率の良い特別な貯金をあなたにだけ教える」。元局長はそう勧誘していたそうだ。局長に就いた96年からことし1月まで25年間も続けていたというから驚く
▼日本郵政と局長への信頼、得をしたい気持ち、だまされない自信。そんな詐欺師と顧客双方の思惑が複雑に絡み合って成立した魔法だろう。自信がある人ほど危ない。うまい話は聞いてから判断するのでなく、聞く前に拒否するのが鉄則だ。もしかすると他にもおかしな魔法にかかっている人がいるかもしれない。いま一度確かめては。