地方に住む若者が田舎の何もなさを大げさに並べ立てた『俺ら東京さ行ぐだ』(1984年、吉幾三作詞作曲)は、吉さんの人気を不動のものにした一曲だった
▼「テレビも無エ ラジオも無エ 自動車もそれほど走って無エ ピアノも無エ バーも無エ 巡査毎日ぐーるぐる」。さすがにそんなわけはないのだが、この虚実入り交じったところが面白い。そして次の言葉を繰り返すのだ。「俺らこんな村いやだ~」。大笑いしながら、都会に憧れる若者の心情にも共感させられる。実によくできた歌でないか。それに引き換えこちらは似たような筋書きなのに共感できるところがなかった。宝島社が11日付で朝日新聞など大手3紙に載せた派手な見開き全面意見広告の話である
▼女の子たちがなぎなた訓練をしている戦前の写真の中央に大きな赤いウイルスを配して全体を国旗に見立て、こんな主張を添えていた。「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戰えというのか。このままじゃ、政治に殺される」。なぎなたをタケヤリと誤認しているのもどうかと思うが、何より「ワクチンもない。クスリもない」が事実に反する。接種計画に課題はあれど国民に必要な分のワクチンは確保できる見通しだ。医療従事者は必死の努力で既存の薬を駆使した治療方法を編み出した
▼これでは〝事実もねエ 証拠もねエ おじさん床屋談義でぐーだぐだ 俺らこんな広告いやだ~〟となりかねない。樹木希林さんを起用した優れた広告で知られる宝島社である。笑いながら予防意識も高められる発信ができたろうに。