作家の伊坂幸太郎さんは小説『火星に住むつもりかい?』(光文社文庫)で、歪んだ正義が横行する暗い社会を描いた。犯罪を未然に防ぐため「平和警察」が疑わしい人物を手当たり次第検挙していくのだ
▼警察がどんな情報を根拠に動くかというと、世間でうわさされている話や一般の人からの密告。証拠はなくてもいい。つまり〝あいつの態度が気にいらない〟、との理由で罪人にされてしまう例も多いのである。暗い社会を良しとする密告者はこう考える。「この社会を生きていくしかないよね。ルールを守って。正しく。気に入らないなら、国を出ればいい」。フィクションだからと笑ってばかりはいられない。競泳女子の池江璃花子選手に最近起こった悪夢のような出来事も、これとよく似ている
▼池江さんが東京五輪への意気込みをSNSに投稿すると、開催に反対する一部の人々から「自分のことしか考えてない」「参加を辞退しろ」「表に出てくるな」と非難するコメントが大量に寄せられたのだ。五輪中止こそ「正義」と信じる者たちがわれらこそルールと、違う立場の池江さんを攻撃したのだろう。愚かで偏狭な態度である。これに池江さんは、気持ちは理解できるが「それを選手個人に当てるのはとても苦しい」と胸の内を吐露していた
▼鳥海不二夫東大大学院教授が投稿を分析してみると、いわゆるリベラル系からの非難が多かったそうだ(Yahoo!ニュース個人)。「正義」感の強い人々なのかもしれない。ただその「正義」感こそが暗い社会をもたらすことに気付いた方がいい。