日本で代参の習わしが広まったのは、江戸時代に入り世の中が落ち着いてからだった。代参とは遠くの社寺に代理が参拝することだ
▼例えば当時の人々が、一生に一度は経験したいと願っていたお伊勢参りや熊野詣での巡礼の旅。実際に出掛けるとなると、かなりまとまった費用と時間が必要になる。日々の生活に追われる庶民にそんな余裕はない。そこで有志がお金を出し合い、代表を立てて参拝に送り出したのだ。代参は持ち帰ったお札を配りながら現地の様子を語って聞かせ、皆が参拝した気分を味わったという。いわば行った気になるのだ。現代の冒険者もこの代参と似ている
▼プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんが挑戦していた「日本三百名山全山人力踏破」もそうだろう。多くの人が自分のかなわぬ夢を託し、応援していた。筆者もその一人である。2018年1月1日に鹿児島県屋久島の宮之浦岳から始まった旅がおととい、本道の利尻山登頂でついに終わった。実に3年7カ月。長かった。登山はもちろん山から山への移動も徒歩か走り、海峡横断はカヤックを使う文字通りの全行程人力踏破。途中、けがや自然災害、コロナ禍に見舞われながらも、諦めることなく進み続けた結果の快挙である
▼活動記録はNHKのテレビ番組やSNSを通じて発信され、見た人は一緒に旅をしている気になっていた。その頑張りと笑顔、飾らない人柄にどれだけの人が勇気づけられたことか。田中さんはレーサー活動を再開するそうだ。勝手ながらわれわれの代参として今後も注目させてもらいたい。