生きていれば誰もが経験する老いだが、向き合い方は人それぞれのようだ。多くの著名人も随想でそれに触れている
▼評論家山本健吉は「ちかごろの感想」にこう記す。「老年とは、その人の生涯における心の錯乱の極北なのである」。かと思えば歌人の吉井勇は「老境なるかな」でこんな感慨を吐露している。「半生を歌によって懺悔しつづけて来たのであるから、老境の今日となっては、身魂ともに清浄である」。その人なりの背景や理由があっての境地だろう。はたでとやかく言うものでもない。とはいえ、どちらかを選べるのなら錯乱よりは清浄がよさそうだ。その方が本人も周りも幸せでないか。総人口に占める65歳以上人口の割合、高齢化率が29%に迫る今の日本ならなおさらである。数字の上昇もしばらくは続くらしい
▼寿命も順調に延びている。厚生労働省が7月30日に公表した2020年簡易生命表によると、日本人の平均寿命は男性が81・64歳、女性が87・74歳。男女とも過去最高を更新した。新型コロナウイルスでたくさんの高齢者が亡くなり、平均寿命は下がると思っていたが違うらしい。がんや心疾患などは逆に早期発見、治療につながったため死亡率が下がったという
▼いずれにせよ高齢で過ごす期間の長い時代だ。できれば心穏やかに暮らしたい。作家大佛次郎の「眠れぬ夜」に共感した。「眠れぬ夜を楽しくする為に光のある昼の間を悔いなく生きねばならぬ。そう思いながら私は怠けたり、ぼんやりと庭を見て座っている」。それくらいの緩さでちょうどいいのかもしれない。