優れた発想はあっても製品化する力の弱い中小零細企業と、そのアイデアだけ手に入れようと暗躍する傲慢(ごうまん)な大企業との戦いを池井戸潤さんは好んで小説のテーマに据える。『陸王』(集英社)もそうだった
▼老舗だが零細の足袋製造会社「こはぜ屋」が、裸足感覚で走れる最先端ランニングシューズの開発に乗り出す話である。小回りの良さを生かして試作を重ね、斬新な原型品を作り上げるのだが―。うわさを聞きつけた世界的スポーツメーカーが横やりを入れてくるのである。最初はこはぜ屋をひねりつぶそうと、それが無理と分かると今度はアイデアだけ奪おうとした。読者が応援するのは当然、頑張っているこはぜ屋である
▼環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を巡る台湾と中国のつばぜり合いも、やはり台湾に肩入れしてしまう人が多いのでないか。小さいながら自由経済と民主主義を信奉する台湾と、統制経済と大国の論理を掲げて横暴に振る舞う中国とを同列には並べられない。中国は世界経済に貢献したいというが、実は米国に対抗するためアジア太平洋地域で主導権を握りたいだけだろう。巨大な経済力を武器にTPPルールを中国寄りに変えてしまおうとの意図もうかがえる。「羊の皮をかぶった狼」だ
▼台湾の加盟は他国の脅威にならず、自国の生きる道をも広げる。案の定、中国は台湾の参加には猛反発。先の小説で銀行の担当者はこはぜ屋の社長にこう助言する。「最初から可能性を狭めて考えないほうがいいですよ」。小さい者には往々にして一発逆転がある。