鶏が先か卵が先かなんて水掛け論はどうでもいいから、まずわれわれの懐を豊かにしてくれ―。衆院本会議でおととい行われた代表質問での岸田文雄首相と枝野幸男立憲民主党代表のやりとりを聞き、そう嘆いた人も多いのでないか
▼焦点となったのは経済再生のための成長と分配の兼ね合いである。首相が「成長と分配の好循環」を唱えて成長重視の姿勢を示したのに対し、枝野代表は分配こそが出発点と主張した。両者共に中身がないため言葉遊びの域を出ず、衆院選前に対立軸を演出しただけだったようだ。その点、成長と分配を同時に実現する具体策を一貫して訴えていたのが菅政権で成長戦略会議議員を務めた経済アナリストのデービッド・アトキンソン氏である
▼その策とは最低賃金の引き上げ。雇用環境を悪くするとして経営者からは反対の声も大きいが、ここにきて強力な援軍が現れた。最低賃金の上昇と雇用の減少に相関関係はないと明らかにした学者に、ノーベル経済学賞が贈られたのである。受賞したのはデービッド・カード氏ら米国の大学教授3人。現実に起きた事象から因果関係を正確に導き出す、「自然実験」の手法で労働市場を分析した。経営者が常識だと思っていたことが、調べてみると事実ではなかったわけだ
▼最低賃金引き上げの効用は生産性向上にある。やみくもに高くすれば良いという話ではないが、成功すれば経営者には利益、従業員には賃金が多く懐に入る。ただ、実現するには古い殻を破らねばならない。経営者にはもちろん、政治家にも今最も必要な覚悟だろう。