タレントでエッセイストの阿川佐和子さんが著書『聞く力』(文春新書)で、相手に心を開いてもらうこつに触れていた。それに気付いたのはこんな経験からだったという
▼造林や炭焼きといった森の名人に高校生がインタビューをする企画に関わっていたときのことである。最初は無口で話す気もなさそうだったおじいさんたちが高校生の一生懸命な姿にほだされ、次第に自分から語るようになっていったのだとか。一人のおじいさんはこう言っていたらしい。「会って質問されてるうちに、うれしくなっちゃってね。だって、家族も知り合いも、誰も自分の仕事のことなんかに興味持ってくれないからね」。つまり心を開いてもらうこつは、真剣に耳を傾けることだったのである。普段は口に出さなくとも、誰にでも一つや二つ語りたいことはあるのだ
▼第2次岸田内閣が10日、発足した。自民党総裁に選ばれた後の記者会見で「特技は人の話をしっかり聞くこと」と胸を張った首相の真価がいよいよ問われる。第1次もあったとはいえ衆院選を挟んでほんの1カ月あまり。まだほとんど仕事はしていない。ここからが本番である。コロナが落ち着いている今、国民の一番の関心は低迷続く経済の立て直しだろう
▼首相は「新しい資本主義」を提唱するが、言葉が大きすぎて分からない人が大半でないか。話を聞く特技を存分に発揮して国民と首相の間の隔たりを埋めてもらいたい。人は真剣に耳を傾けられていないときはすぐに気付くものである。国民に心を閉ざされたみじめな政権にだけはならぬように。