米SF作家メアリ・ロビネット・コワルの長編小説『宇宙へ』(ハヤカワ文庫)は、巨大隕石が米国の首都ワシントン近海に落下したところから始まる。時は1952年3月3日。いわゆる歴史改編ものと呼ばれる作品である
▼直後に発生した衝撃波と津波で東海岸地域は壊滅的被害を被り、海から出た大量の水蒸気で遠からず地球全体が生存に適さない状態になってしまう。そうなる前に人類は宇宙へ乗り出すのだ。落ちた隕石はクレーターの規模からすると直径3㌔程度。地球をバレーボールとすると砂粒1粒にも満たない大きさである。ただ、落ちた所が悪ければ文明を滅ぼす力を持つ。SFとはいえ設定は科学的に正しいのである
▼そんな潜在力を秘めた小惑星が現実に先週、地球の近くを通過していったのをご存じだろうか。日本時間19日早朝の出来事だった。とはいえ驚くことはない。「近く」はあくまでも天文学的な表現。実際は地球から約200万㌔、月までの距離の5倍以上遠くで起きたことだ。それでも米航空宇宙局(NASA)の分類では「潜在的な危険」の事例に入るらしい。広大な宇宙で200万㌔程度の距離はほぼ0に等しいからである。つまり宇宙スケールで見れば、極めてすれすれのニアミスだったということだろう
▼実はこの他にも、文明を破壊できる直径1㌔超の地球近傍天体が500個以上あると予測されているそうだ。ただ、少なくとも今後数百年間は衝突の危険性がないことが確認されている。ホッと胸をなで下ろした。宇宙へ乗り出す心の準備はまだできていない。